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世界に於ける印度
せかいにおけるインド
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「叡山講演集」 大阪朝日新聞社
1907(明治40)年11月10日
初出「叡山講演集」大阪朝日新聞社、1907(明治40)年11月
入力者はまなかひとし
校正者小林繁雄
公開 / 更新2010-02-26 / 2014-09-21
長さの目安約 39 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

昨日は印度人の行に就てお話し致しましたが、印度人は苦行を以て宗教上大切な勤と看做したのであります、後世では他の宗教に於ても是を尚ぶに至りましたが、印度が一番古い、而して他の宗教に於ける苦行の事は皆印度が元になつて傳はつて來たものと考へられる、印度に於ては昨日もお話し致しました通り如何なる宗派のものと雖も皆苦行をやる、中には隨分非常な方法を以て苦行をなすのであります、何故に苦行を以て宗教上の大切なことと爲すに至つたかと申すことは、昨日もお話申した如く印度バラモンは其人生を四段に分けまして、先づ俗界の勤めを終ると世の中を退いて、神に勤める所の道を修める、俗界に於て俗の生活をなして居る間は、無論總ての自由を得ることが出來るが、修業の爲山林へ隱れると最早俗界快樂の要求を充しやうがなくなつてしまふ、先づ第一に襲ひ來るものは即ち饑渇である、水を得んと欲すれば山の中では仕方がないから、谷川まで下りて行かなければならぬ、食物を取るに至つては尚困難である、だからして草の芽、木の實位を取つて喰べるより他に途はない、着物になると愈六ヶしく、自分では着物を拵へることは無論出來ない、從つて木の葉でも綴つて體を覆うて居る位のことである、然う云ふ工合にして昔の人は山林へ這入つて修業をした、俗界の煩を避け眞正に修業をするには山へ這入るが第一の條件である、苦行は即ち是に附添うて來る自然の結果であつて、道を修めるには何うしても苦行を爲さなければならぬ、所で後世印度人の思ふには昔の豪い聖人と名づくるものは、皆其の苦行をやつて悟りを開いたのである、故に吾々も苦行をやらなければ悟りを開くことが出來ぬ、眞心に神に事へることも出來ないのであると、即ち伴生の結果が一變して唯一の手段と考へられるやうになり、苦行によつて初めて古來の大仙と同じく神と一體になつて神變不可思議の力を得ることが出來るのであると信ずるに至つたのである、序に言ひますが、日本でもお寺のことをアーランニヤ叢林と云ひ、又お寺には平常何々山といふ山號が附いて居るが、元來は山林であつたのである――叡山の如きは文字的に既に叢林であるが――昔時印度人が俗の生活を了つて修業する時は乃ち山へ這入り、人の容易に往かぬやうな靜かな所を選んで此に住して居つたのである、夫から佛教にも傳はつて僧侶の修業し居住する塲所を叢林といひ、又何々山と云ふやうになつたので、此は元來バラモンの遺習である、現に今でも暹羅では上國王より下庶民に至るまで一度はお寺に這入つて僧侶の生活をしなければならぬことになつて居る、是もバラモンが總て一定の時期に至れば叢林の生活をしなければならぬと云ふのと同じ譯である、又日本でも色々の苦行をなすものが今でも隨分澤山にある、例へば千葉の成田の不動の如きに於ては、印度に於けると同じく斷食などが盛に行はれて居るのであります、佛教に此の苦行の[#「苦行の」…

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