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霧の旅
きりのたび
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代日本紀行文学全集 中部日本編」 ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日
入力者林幸雄
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2004-08-23 / 2014-09-18
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 北國街道の上には夏草がのびてゐた。
 柏原から野尻湖まで一里ばかりの間、朝霧が深くかゝつてゐて、路上の草には露が重かつた。汽車をおりて初めて大地を踏んで行く草鞋の心持、久振で旅を味ふ心には、總てが鮮かに感じられた。
 柏原には一茶の俳諧寺の在ることは聞いてゐたが、霧が深くて見に行く氣にもなれなかつた。何處の國道沿ひにでも見る破驛の姿は此村にも見られた。桑の葉の蒸されたやうな香ひと、上簇期に近い夏蠶の臭ひとが、家々の戸口からもれて、路上に漂つてゐた。
 村を出拔けると、霧の間から白樺の林の樹幹だけが、ぼんやりと兩側に見えて來た。しとしと草を踏んで行く自分の草鞋の足音だけが耳に入つた。不圖立ち停ると、急に周圍がしんとして來る。霧が一層濃く覆ひ被さつて來るやうな氣がする。其中で、霧が林の木の枝に引きかゝり、白樺の簇葉にからまつて、やがて重い露となつて、ぼた/\草の上へ落ちるのが聞える。
 又ぱた/\と歩き出す。と、向うの方から農夫らしい風をした男が二人ばかり、ぼんやり霧の中へ浮ぶやうに姿を見せるかと思ふと、擦れ違つて、直ぐまた後の方へ消えてしまふ。
 何のために、何處へ歩いて行くのであらう?
 何を目當に旅へ出たのだらう? 何處へ行つたらば、其目的のものが得られるのだらう? 何故旅を思ふときに自分の胸は躍るのだらう? この樣な考えが不圖胸の中へ浮んで來る。
「寂しさの果て」を求めて旅へ行く、さういふ旅でもないらしい。旅へ出なければ消されない程の寂しさを常々感じてゐるわけでもない。目先の違つた景色を求めて歩く、それ程に自然を無變化な、靜的なものだとも考へても居ない。美しい景色とか、變化の多い景色とか、さういふものを搜して歩く好奇心が自分の胸に起つたこともない。それでは何故か。何を求めて歩いて居るのだらう。何處へ行つたらば、その求めてゐるものが得られるのだらう。靜かに引きしまつた自分の心の中へ何が蘇生つて來るのか、何が浮んで來るのか、私はそれを求めてゐる。恐ろしさと悦しさの期待を持つてそれを求めてゐる。
 新聞も見ず、手紙も見ず、友人にも離れ、知人にも逢はず、職業にも刺戟にも都會のどよめきにも、電車の響にも總てに離れて、私は歩いて行く。廣い自由の天地の中をたゞ一人で歩いて行く。其時私の心の中へ、胸の中へ、頭の中へ、浮んで來るものは何であらう。私はその者を捉へたさに、その者の閃きが何處へ現はれようとも、――森の中であらうとも、山の頂であらうとも、海岸であらうとも、力の總てを盡してその方へ走らずに居られない。
 私はプレジュアー、ハンターが歡樂を追ふやうに、ドンジュァンが千人の女を抱くやうに、しかも幾人の女を抱いても、幾多の歡樂を盡しても、彼の求めてゐる女は一人であり、彼の願ふ歡樂は唯一つであるやうに、私はそのものを求めて歩いてゐるのであらう。それは私には決して空漠たる…

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