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稲むらの蔭にて
いなむらのかげにて
作品ID46324
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 3」 中央公論社
1995(平成7)年4月10日
初出「郷土研究 第四巻第三号」1916(大正5)年6月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-05-01 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

河内瓢箪山へ辻占問ひに往く人は、堤の下や稲むらの蔭に潜んで、道行く人の言ひ棄てる言草に籠る、百千の言霊を読まうとする。人を待ち構へ、遣り過し、或は立ち聴くに恰好な、木立ちや土手の無い平野に散在する稲むらの蔭は、限り無き歴史の視野を、我等の前に開いてくれる。此田畑の畔に立つ稲むらの組み方や大小形状については、地方々々で尠からず相違があるらしいが、此と同時に、此物を呼ぶ名称も亦、至つてまち/\である。
○すゝき……………………大阪四周の農村・河内・大和・山城・紀伊日高
○すゞし……………………因幡気高郡
すゞしぐろ……………同じ地方
すゞぐろ………………同上
すゞみ…………………美濃大垣・揖斐・尾張西部
○にえ………………………紀州熊野
にお……………………信州全体・羽前荘内・陸前松島附近
にご……………………信州諏訪
のう(ノの長音)……周防熊毛郡
○ほづみ……………………阿波
こづみ…………………熊本・薩摩・日向
ぼと……………………摂津豊能郡熊野田附近
ぼうど(長音)………徳島附近の農村
いなむらぼうと……同上
ぼつち…………………武蔵野一帯の村々・磐城・岩代
○くま………………………因幡気高郡
○くろ(清音)……………備前
ぐろ(濁音)…………阿波板野郡
わらぐろ………………備前
○としやく…………………長門萩
○じんと(?)……………河内九箇荘
○いなむら…………………阿波其他
いなぶら………………伊豆田方郡・遠州浜松辺・武蔵野一帯の地
此だけの貧弱な材料からでも、総括することのできるのは、各地の称呼の中には sus, nih 又は hot の語根を含むものゝ、最著しいことである。ほとは、即ほづみのみを落したものと見ることが出来る。
私どもの考へでは、今が稲むら生活の零落の底では無いか、と思はれる。雪国ならともかくも、場処ふさげの藁を納屋に蔵ひ込むよりは、凡、入用の分だけを取り入れた残りは、田の畔に積んで置くといふ、単に、都合上から始まつた風習に過ぎぬものと見くびられ、野鼠の隠れ里を供給するに甘んじてゐる様に見える。告朔の[#挿絵]羊は、何れは亡びて行くべき宿世を負うて居る。而も、古くして尚、痕を曳くのは、本の意の忘却せられて後、新しい利用の逋げ路を開くゆとりのあるものであつた為である。
蓋、水口祭りに招ぎ降した田の神は、秋の収穫の後、復更に、此を喚び迎へこれまでの労を犒うて、来年までは騰つて居て貰はねばならぬ。田の神上げもせずに、打ち棄てゝ置けば、直に、禍津日の本性を発揮せられたであらう。尤、次年の植ゑ附けまで山に還つて山の神となつてゐられる分は、差支へも無い理であるが、此は一旦標山に請ひ降した神が、更に平地の招代に牽かれ依るといふ思想の記念であるらしい。併し、其は山近い里の事で、山に遥かな平野の中の村々では、如何なる方法を採るかゞ考へものである。一…

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