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木枯紀行
こがらしきこう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本紀行文学全集 中部日本編」 ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日
入力者林幸雄
校正者浅原庸子
公開 / 更新2003-11-01 / 2014-09-18
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

――ひと年にひとたび逢はむ斯く言ひて
  別れきさなり今ぞ逢ひぬる――

 十月二十八日。
 御殿場より馬車、乗客はわたし一人、非常に寒かつた。馬車の中ばかりでなく、枯れかけたあたりの野も林も、頂きは雲にかくれ其処ばかりがあらはに見えて居る富士山麓一帯もすべてが陰欝で、荒々しくて、見るからに寒かつた。
 須走の立場で馬車を降りると丁度其処に蕎麦屋があつた。これ幸ひと立寄り、先づ酒を頼み、一本二本と飲むうちにやゝ身内が温くなつた。仕合せと傍への障子に日も射して来た。過ぎるナ、と思ひながら三本目の徳利をあけ、女中に頼んで買つて来て貰つた着茣蓙を羽織り、脚軽く蕎麦屋を立ち出でた。
 宿場を出はづれると直ぐ、右に曲り、近道をとつて籠坂峠の登りにかかつた。おもひのほかに嶮しかつた。酒は発する、息は切れる、幾所でも休んだ。そしていつもの通り旅行に出る前には留守中の手当為事で睡眠不足が続いてゐたので、休めば必ず眠くなつた。一二度用心したが、終に或所で、萱か何かを折り敷いたまゝうと/\と眠つてしまつた。
「モシ/\、モシ/\」
 呼び起されて眼を覚すと我知らずはつとせねばならなかつた程、気味の悪い人相の男がわたしの前に立つてゐた。顔に半分以上の火傷があり眼も片方は盲ひて引吊つてゐた。
「風邪をお引きになりますよ」
 わたしの驚きをいかにも承知してゐたげにその男は苦笑して、言ひかけた。
 わたしはやゝ恥しく、惶てゝ立ち上つて帽子をとりながら礼を言つた。
「登りでしたら御一緒に参りませう」
 とその若い男は先に立つた。
 酒を過して眠りこけてゐた事をわたしは語り、彼は東京で震災でこの大火傷を負うた旨を語りつゝ峠に出た。
 吉田で彼と別れた。彼は何か金の事で東京から来て、昨日は伊豆の親類を訪ね、今日はこれより大月の親類に廻つて助力を乞ふつもりだといふ様な事を問はず語りに話し出した。いかにも好人物らしく、彼が同意するならば一緒に今夜吉田で泊るも面白からうなどとわたしは思うた。が、先を急ぐと云つて、そゝくさと電車に乗つて彼は行つてしまつた。
 ほんの一寸の道づれであつたが、別れてみれば淋しかつた。それにいつか暮れかけては来たし、風も出、雨も降り出した。其儘、吉田で泊らうかと余程考へたが、矢張り予定通り河口湖の岸の船津まで行く事にし、両手で洋傘を持ち、前こゞみになつて、小走りに走りながら薄暗い野原の路を急いだ。
 午後七時、湖岸の中屋ホテルといふに草鞋をぬいだ。

 十月二十九日。
 宿屋の二階から見る湖にはこまかい雨が煙つてゐたが、やや遅い朝食の済む頃にはどうやら晴れた。同宿の郡内屋(土地産の郡内織を売買する男ださうで女中が郡内屋さんと呼んでゐた)と共に俄かに舟を仕立て、河口湖を渡ることにした。
 真上に仰がるべき富士は見えなかつた。たゞ真上に雲の深いだけ湖の岸の紅葉が美しかつた。岸…

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