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国語尊重
こくごそんちょう
作品ID46335
著者伊東 忠太
文字遣い旧字旧仮名
底本 「木片集」 萬里閣書房
1928(昭和3)年5月28日
初出「東京日日新聞」1925(大正14)年1月
入力者鈴木厚司
校正者しだひろし
公開 / 更新2007-12-02 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一 國語は國民の神聖なる徽章
 元來わが日本語は甚だ複雜なる歴史を有する。
 大體に於てその大部分は太古より傳來せる日本固有の言語及び漢語をそのまゝ取り入れたもの、またはこれを日本化したもので、一部は西洋各國例へば英、佛、和、獨、西、葡等の諸國の語から轉訛したもの、及び梵語系その他のものも多少ある。
 近來世界の文運が急激に進展したのと、國際的交渉が忙しくなつたのとで、わが國においても舊來の言語だけでは間に合はなくなつた。
 殊に新しい專門的術語はおほくは日本化することが困難でもあり、また不可能なのもあるので便宜上外語をそのまゝ日本語として使用してゐるのが澤山あるが、勿論これは當然のことで、少しも差支はないのである。
 併しながら、永くわが國に慣用された歴史のある我國語は、充分にこれを尊重せねばならぬ。
 國語は國民思想の交換、聯絡、結合の機關で、國民の神聖なる徽章でもあり、至寶でもある。
 不足な點は適當に外語を以て補充するのは差し支へないが、ゆゑなく舊來の成語を捨てゝ外國語を濫用するのは、即ち自らおのれを侮辱するもので、以ての外の妄擧である。なかんづく一國民の有する固有名は最も神聖なもので、妄りに他から侵されてはならぬ。
 曾て寺内内閣の議會で、藏原代議士が總理大臣から「ゾーバラ君」と呼ばれて承知せず、「これ猶ほ寺内をジナイと呼ぶが如し」と抗辯して一場の紛議を釀したことがあつた。
 これは一時の笑話に過ぎぬが、こゝに看過し難きは、わが日本の稱呼である。
 わが國名は「ニホン」または「ニツポン」である。外人は思ひ/\に勝手な稱呼を用ゐてゐるが、それは外人の自由である。
 併しわが日本人が外人等に追從して自ら自國の名を二三にするのは奇怪千萬である。英米人の前には「ジヤパン」と稱し、佛人に逢へば「ジヤポン」と唱へ、獨人に對しては「ヤパン」といふは何たる陋態ぞや。
 吾人は日常英國を、「イギリス」、獨國を「ドイツ」と呼ぶが、英獨人は吾人に對して自ら爾く呼ばないではないか。
 日本人中には今日でもなほ外人に對して臺灣を「フオルモサ」、樺太を「サガレン」、朝鮮を「コレア」旅順を「ボート・アーサー」、京城を「シウル」新高山を「マウント・モリソン」などといふ者があるのは不都合である。
 露國でさへ、曾てその首府のペテルスブルグは外國語であるとて、これを自國語のペテログラードに改名したではないか。
       二 母語の輕侮は國民的自殺
 日本固有の地名を外國になぞらへて呼ぶことも國辱である。
 例へば、曾て日本を「東洋の英國」などとほこり顏にとなへたことがある。飛騨と信濃の境を走る峻嶺を「日本アルプス」などと得意顏に唱へ、甚だしきは木曾川を「日本ライン」といひ、更に甚だしきは、その或地點を「日本ローレライ」などといつたものがある。
 この筆法で行けば、富…

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