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日本建築の発達と地震
にほんけんちくのはったつとじしん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「木片集」 萬里閣書房
1928(昭和3)年5月28日
初出「東京日日新聞」1924(大正13)年4月
入力者鈴木厚司
校正者しだひろし
公開 / 更新2007-12-06 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一 太古の家と地震
 昔、歐米の旅客が日本へ來て、地震のおほいのにおどろくと同時に、日本の家屋が、こと/″\く軟弱なる木造であつて、しかも高層建築のないのを見て、これ畢竟地震に對する災害を輕減するがためであると解してくれた。
 何事も外國人の説を妄信する日本人は、これを聞いて大いに感服したもので、識見高邁と稱せられた故岡倉覺三氏の如きも、この説を敷衍して日本美術史の劈頭にこれを高唱したものであるが今日においても、なほこの説を信ずる人が少くないかと思ふ。
 少くとも日本建築は古來地震を考慮の中へ加へ、材料構造に工風を凝らし、遂に特殊の耐震的樣式手法を大成したと推測する人は少くないやうである。
 予はこれに對して全く反對の意見をもつてゐる。今試みにこれを述べて世の批評を乞ひたいと思ふ
         *     *     *     *     *
 外人[#ルビの「ぐわいじん」は底本では「ぐわんじん」]の地震説は一見甚だ適切であるが如くであるが、要するにそは、今日の世態をもつて、いにしへの世態を律せんとするもので、いはゆる自家の力を以て自家を強壓するものであると思ふ。
 換言すれば、一種の自家中毒であると思ふ。
 そも/\日本には天地開闢以來、殆ど連續的に地震が起こつてゐたに相違ない。その程度も安政、大正の大震と同等若しくはそれ以上のものも少くなかつたらう。
 しかし太古における日本の世態は決してこれが爲に大なる慘害を被らなかつたことは明瞭である。
 太古の日本家屋は、匠家のいはゆる天地根元宮造と稱するもので無造作に手ごろの木を合掌に縛つたのを地上に立てならべ棟木を以てその頂に架け渡し、草を以て測面を蔽うたものであつた。
 つまり木造草葺の三角形の屋根ばかりのバラツクであつた。
 いつしかこれが發達して、柱を建てゝその上に三角のバラツクを載せたのが今日の普通民家の原型である。
 斯くの如き材料構造の矮小軟弱なる家屋は殆ど如何なる激震もこれを潰倒することが出來ない。
 たとひ潰倒しても人の生命に危害を與ることは先ないといつてもよい。
 即ち太古の國民は、頻々たる地震に對して、案外平氣であつたらうと思ふ。
       二 何故太古に地震の傳説がないか
 頻々たる地震に對しても、古代の國民は案外平氣であつた。いはんや太古にあつては都市といふものがない。
 こゝかしこに三々五々のバラツクが散在してゐたに過ぎない。巨大なる建築物もない。
 たとひ或一二の家が潰倒しても、引つゞいて火災を起こしても、それは殆ど問題でない。
 罹災者は直にまた自ら自然林から樹を伐つて來て咄嗟の間にバラツクを造るので、毫も生活上に苦痛を感じない。
 いはんやまた家を潰すほどの大震は、一生に一度あるかなしである。太古の民が何で地震を恐れることがあらう。また何で家を耐震的にする…

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