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反逆の呂律
はんぎゃくのろれつ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本文学全集44 武田麟太郎 島木健作 織田作之助 集」 筑摩書房
1970(昭和45)年11月1日
入力者ピコリン
校正者小林繁雄
公開 / 更新2006-08-12 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     1

 囚衣を脱ぐ。しかし、着るものがなかつた。連れて来られた時は木綿縞の袷だつた。八月の炎天の下をそれでは歩けないだらう。考へて襦袢一枚になつた。履きものには三銭の藁草履を買つた。
 仙吉はかうして午前五時、S監獄の小門から出た。癪なので振りかへらずに歩いて行つた。畠と畠との間の白い道がステーションまで続いてゐる。彼のうしろで次第に高いコンクリートの塀を持つた監獄が遠くなつた。
 汽車に乗るまでには時間があつた。三ヶ月の服役の報酬としての四円十銭のうちから、駅前で大福餅を食つた。昨夜のらしく、餡は饐えてゐた。だが彼は頬を盛に動かし、茶をのんでは、咽喉骨をゴクリゴクリとさせた。
 汽車を下りてから、村まではなかなか遠い。夕方の燈が点く。稲の葉の香が際立つて鼻をついて来た。野良帰りには不思議に逢はなかつた。唐もろこしに囲まれた姪の家まで来た。背後の山はもう真黒に暮れてゐた。
 姪の家では縁側で彼の娘のウメ子が泣いてゐた。部屋の中の黄色い電燈を逆に受けて、ウメ子はミジメに見られた。ケチン坊の姪の扱ひ方が想はれた。仙吉はトツサに提げて来た袷を投げて、娘を片手で抱いた。びつくりして、もつと泣き出した。
 夜更けるまで、姪夫婦と諍つた。姪は養育費を一円五十銭よこせと、云つた。仙吉はアホコケと云つた。一ヶ月三十銭にしても、一円もかかるまい、とどなつた。そして脂臭い一円札を投げた。姪はそれを拾つて、いつも腹にくくりつけてある胴巻の中にしまひこんだ。
 朝になれば如何しよう。仙吉にはもう耕す土地はなかつた。小屋もとりあげられた。村の旦那と争ふものは、いつも、このやうな結果になるのだ。村に居られないものは、O市に出るよりしかたがなかつた。都会へは四方からいろんな人が集つて来る。そして、仙吉の考へに従へば、「栄エウに暮せるのだ」何をコセコセした村でなんかくすぼつてることがあらうぞ。
 朝になつた。仙吉は去年のまま洗つてないので、黄色くなつてゐる浴衣を着た。その上に、黒帯でウメ子を背負つた。
「一生、こんな村には帰つて来んぞ」
 姪はかまどの煙の中から、どなり返した。
「さつさと失せろ! 顔見るのもイヤぢや」
 駐在所では仙吉の帰つたのを知つてゐた。駐在所は地主の家に怒鳴りこんだ仙吉を取り押へる際に、彼のために、池ん中へ投げられた。そのしかへしは、彼を三ヶ月の間、S監獄に送つたのでは足りなかつた。村の若い連中をそそのかした。あんな旦那にタテつく社会主義の野郎は思ひ切りこらしめてやらにやならん。村の若い連中は仙吉を待ち伏せした。
 池の側で仙吉は襲はれた。まだ朝の気が池の上をはつてゐた。ウメ子は柿の木の下に投げおろされた。草の露で彼女は濡れた。幾度も若者たちは怒声を発した。その度毎に仙吉の苦しさうな呻き声がきかれた。池の水は多くの波紋を作つて揺れた。若者たちが去ると仙吉は…

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