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北信早春譜
ほくしんそうしゅんふ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代日本紀行文学全集 中部日本編」 ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日
初出「草衣集」相模書房、1938(昭和13)年6月
入力者林幸雄
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-10-11 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 碓氷を越すと一面の雪で、急に冬へ逆戻りしたやうな感じであつた。さつきまでぽかぽかと早春の陽光を浴びながら上州平野を通つてゐた時とは、まるでちがつた心がまへにならないではゐられなかつた。輕井澤のプラットフォームに飛び下りて、蕎麥のどんぶりを抱へて湯氣を吹き吹き食つてゐる人たちは、皆外套の襟を立てて首をすくめてゐる。毎夏顏なじみの赤帽の爺は、無精鬚を伸ばして、われわれの車の前にぽつねんと立つてゐるけれども、誰も荷物を頼む降車客はない。
 淺間は晴れた青空を背景にして、麓まで眞つ白になつて聳えてをり、その眞つ白な斜面の上を、日に照らされた噴煙の影が薄黄いろく這つてゐるのが、陽炎の搖曳の如く見えるのも、その下の方のそこここに群生してゐる落葉松の梢が、或る種類の灌木帶の芽立を思はせるやうに赤つぽく煙つて見えるのも、大氣の中には春がすでに動いてゐるからであらう。
 しかし、地上の冬の頑固なこだはりは、ここいらでは思つた以上にまだ執つこく、少くとも積雪の分量は標高の大小には因らないものと見え、われわれの列車が次第に佐久平を下の方へ降つて行くにしたがつて雪消の度合は却つて少く、小諸あたりまでは、輕井澤附近と同じやうに、畑の畝が目だつほどに雪が薄くなつて、ところどころ土の肌さへ見えてゐたのに、もつと降つて上田邊へ來ると、畑も田も深深と雪に埋もれて、どれが畑だか、どれが田だかも、わかちかねる有樣だつた。家家の屋根にも、垣根にも、木の枝にも、雪が厚く殘つてゐた。
 けれども、その間からも、やはり、ちよつとした物の片隅に、また、ちよつとした物の動きに、すでに春のきざしの始まつてゐるのを見のがすことはできなかつた。戸倉の温泉を左に見て、千曲川の川縁を走つてをる時であつた。ふと氣がつくと、青く淀んだ川水と雪に蔽はれた磧の境目のところに、非常に小さい風の渦が起つて、そこに遊び戲れてゐる日光の中に絹糸のもつれのやうな陽炎が立ち、それにこすられては磧の雪が少しづつ水の中に溶け込んでゐた。私は先年ソヴィエトの映畫の「トゥルキシブ」と題する一つの畫面にそれに似た自然の目ざめを捉へたところがあつたのを思ひ出し、私に寫眞技師の自信があつたら、その愉快な自然の動きをフィルムに收めて置きたかつた。
 やがて汽車は川から離れた。私は明日の講演の材料にしようと思つて持つて來た本を開いてゐた。そのページの上に、ときどき小鳥の影が落ちては急速に過ぎ去つた。左側の窓からは、もうどうしても春以外のものとは思へない陽光が一ぱいに流れ込んで、どこからまぎれ込んだのか蠅が一匹、ガラス窓にとまつたり私の手にとまつたりしてうるさかつた。
 長野で山崎氏に迎へられ、それから長野電鐵で、須坂を經て平穩へ行く間に、今朝から快晴を見せてゐた空は、次第に陰鬱になり、白いものをちらちら落して來た。飯綱は善光寺の町の上に白い姿をどつしり…

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