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起ち上る大阪
たちあがるおおさか
副題――戦災余話
――せんさいよわ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本織田作之助全集 第八巻」 文泉堂出版
1976(昭和51)年4月25日
初出「週刊朝日」1945(昭和20)年4月
入力者桃沢まり
校正者小林繁雄
公開 / 更新2007-06-10 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 この話に「起ち上る大阪」という題をつけたが、果して当っているかどうか分らない。或は「起ち上れ大阪」と呼び掛けるか、「大阪よ起ち上れ」と叫ぶ方が、目下の私の気持から言ってもふさわしいかも知れない。しかし、この一ト月の間――というのはつまり、過ぐる三月の、日をいえば十三日の夜半、醜悪にして猪口才な敵機が大阪の町々に火の雨を降らせたその時から数えて今日まで丁度一ト月の間、見たり聴いたりして来た数々の話には、はや災害の中から「起ち上ろうとする大阪」もしくは「起ち上りつつある大阪」の表情が、そこはかとなく泛んでいるように、少くとも私には感じられた。いや、もはや「起ち上った大阪」の表情であるといっても、まるで心にもないことをいったことにもなるまいと、思われる節もいくらかはある。
 思えば、こうした表情も、たとえば一ト月前であったなら、或はそれと気づかずに終ったかも知れない。が、すでにして今日の大阪は昨日の大阪の顔ではない。昨日の大阪の顔は或は古く或は新しくさまざまな粧いを凝らしていたものだが、今日の大阪はすでに在りし日のそうした化粧しない、いわゆる素顔である。つまりは、素顔の中に泛んだ表情なのである。それだけに本物であり、そしてまた本物であるだけに、わざとらしい見せ掛けがなく、ひたむきにうぶであり、その点に私は惹きつけられたのだ。ありていにいえば、この「起ち上ろうとする」もしくは「起ち上りつつある」――更に「起ち上った」大阪の表情のあえかな明るさに、よしんばそれがそこはかとなき表情であるにせよ私は私なりに興奮したのである。明るさといい、興奮と言ったが、私は嘘を言っているのではない。商売柄嘘を書く才能は持っているが、しかし、いやそれだけに一層真実への愛は深い筈である。つまりは、言葉の持つ、ことに標語的な言葉の持つ空虚な響きには、何よりもまして本能的に警戒しているのが、私たちの職業である。だが、いや、だからして、以下の数々の話につけた「起ち上る大阪」という題も、思えばまるで見当ちがいの出鱈目なものではなかったかも知れない。しかし、前書はもうこれくらいで充分であろう。
 ある罹災者の話である。名前はかりに他三郎として置こう。そして私の好みに従って、他アやんと呼ぶことにする。
 他アやんは大阪の南で喫茶店をひらいている。この南というのは、大阪の人がよく「南へ行く」と言っているその南のことであり、私もまた屡[#挿絵]「南へ行く」たびに他アやんの店へ寄っていたから、他アやんとは顔馴染みであった。
 私がこの他アやんを見舞ったのは、確か「復活する文楽」という記事が新聞に出ていた日のことであった。文楽は小屋が焼け人形衣裳が焼け、松竹会長の白井さんの邸宅や紋下の古靱太夫の邸宅にあった文献一切も失われてしまったので、もう文楽は亡びてしまうものと危まれていたが、白井さんや古靱太夫はじめ文楽…

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