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春の落葉
はるのおちば
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代文學代表作全集 第三卷」 萬里閣
1948(昭和23)年11月30日
初出「春の落葉」東京詩學協會、1928(昭和3)年4月
入力者鈴木厚司
校正者土屋隆
公開 / 更新2009-04-15 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 翌日は明るくはれた初夏らしい日であつた。
 ごたごたと敷かれた寢床をあげてしまふと、柩のなくなつた家の中は、急に廣々として何となく物足りなかつた。
 早起きの伯父は老人らしいきちようめんな調子で若い者を起して歩いた。
 一ばん年下の恭介叔父は、頭からふとんを被つたまま、眠つてゐるのか醒めてゐるのか、いくら起されても起きようとしなかつた。みんなの蒲團をかたづけながら、私はそつと聲をかけた。
「叔父さん――叔父さん? お起きなさいな、もう八時よ――」
 聞えたのか聞えないのか、叔父は身動きもしなかつた。襖をはづした次の間から、意地の惡い靜岡の伯父が、くぼんだ眼を光らせてゐた。
「叔父さん――ねえ、お骨揚げに行かなくつちやいけないぢやありませんか」
 私は一つとり殘された叔父の寢床に近よつて夜着の上からゆすぶつた。
「うん――」
 叔父は夜着の中でひくく答へた。叔父を殘して井戸端に顏を洗ひに出ると、ねぶそくな眼に祖母の愛した躑躅の花が赤くうつつた。
 昨日の朝、白木の棺に納めたときの、あの冷たく重い祖母の體の埋まるほど入れた赤い花が、今ごろはその體と一緒に灰になつてゐるのだと思ふと、何となく不氣味な感じがした。
 皆の仕度が出來て出かけたのはもう九時少しまはつてゐた。靜岡の伯父は、皆の出ようが遲いと云つて一人でぶつぶつ憤つてゐた。誰も知らん顏をしてゐるので、一ばん年上の東京の伯母が傍によつて何やかやと御機嫌をとつてゐた。
 死んだ祖母も生さぬ仲の靜岡の伯父にがみがみ言はれながら骨をあげてもらふのでは、いい氣持はしないだらうにと、私は苦々しく考へながら小さな從弟に下駄をはかせた。
 頼りにしてゐた二番息子に、震災の時に急にその妻と一緒に死なれてからといふもの、三十の時から後家で通した氣丈者の祖母もぐつと弱つてしまつてゐた。それにその伯父の殘した二人の孤兒をひきとつてくれた三番目の伯父が、同じ宮崎を名のらないで、名義だけではあつたが、高村の養子分になつてゐたので、祖母の苦勞は一通りではなかつた。
 孤兒の後見人になつてゐる恭介叔父もまだ妻帶してゐないので、祖母や子供たちと一緒にごたごたと高村の伯父の家で暮してゐたから、祖母は叔父のこと子供たちのことで此の五年間といふもの頭の休むひまもなかつた。二番目の伯父が死んでも靜岡の伯父は一向に平氣な顏をしてゐた。
 生前から腹違ひの二番目の伯父とは犬と猿ではあつたが、何といつても本家分家の間柄であるのに、と若い私さへふしぎなことに思つてゐた。その伯父が、今度は何と思つてか祖母の死を報せると矢のやうにとんできて、何から何まで一人で世話を燒いてゐた。
 妙なものだ――。私は死んだ祖母と大して年の違はないらしい靜岡の伯父の丈夫さうな老體を見ながら考へた。電車は涼しい朝風の中をガタゴトと古びた城下町のはづれにかかつてゐた。
「おめでた…

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