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蒼馬を見たり
あおうまをみたり
作品ID46392
副題03 蒼馬を見たり
03 あおうまをみたり
著者林 芙美子
文字遣い新字旧仮名
底本 「蒼馬を見たり」 日本図書センター
2002(平成14)年11月25日
入力者鈴木厚司
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-11-18 / 2014-09-21
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 自序


あゝ二十五の女心の痛みかな!

細々と海の色透きて見ゆる
黍畑に立ちたり二十五の女は
玉蜀黍よ玉蜀黍!
かくばかり胸の痛むかな
廿五の女は海を眺めて
只呆然となり果てぬ。

一ツ二ツ三ツ四ツ
玉蜀黍の粒々は二十五の女の
侘しくも物ほしげなる片言なり
蒼い海風も
黄いろなる黍畑の風も
黒い土の吐息も
二十五の女心を濡らすかな。

海ぞひの黍畑に
何の願ひぞも
固き葉の颯々と吹き荒れて
二十五の女は
真実命を切りたき思ひなり
真実死にたき思ひなり。

延びあがり延びあがりたる
玉蜀黍は儚なや実が一ツ
こゝまでたどりつきたる
二十五の女の心は
真実男はゐらぬもの
そは悲しくむつかしき玩具ゆゑ
真実世帯に疲れる時
生きやうか死なうか
さても侘しきあきらめかや
真実友はなつかしけれど
一人一人の心故――
黍の葉のみんな気ぜはしい
やけなそぶりよ
二十五の女心は
一切を捨て走りたき思ひなり
片瞳をつむり
片瞳を開らき
あゝ術もなし
男も欲しや旅もなつかし。

あゝもせやう
かうもせやう
おだまきの糸つれづれに
二十五の呆然と生き果てし女は
黍畑のあぜくろに寝ころび
いつそ深くと眠りたき思ひなり。

あゝかくばかり
せんもなき
二十五の女心の迷ひかな。
          ――一九二八、九――
[#改丁]

 目次

 自序

 蒼馬を見たり
蒼馬を見たり
赤いマリ
ランタンの蔭
お釈迦様
帰郷
苦しい唄
疲れた心

 鯛を買ふ
鯛を買ふ
馬鹿を言ひたい
酔醒
恋は胸三寸のうち
女王様のおかへり
生胆取り
一人旅
善魔と悪魔
灰の中の小人
秋のこゝろ
接吻
ロマンチストの言葉
ほがらかなる風景

 いとしのカチユーシヤ
いとしのカチユーシヤ
海の見へない街
情人
雪によせる熱情
酔ひどれ女
乗り出した船だけど
赤いスリツパ

 朱帆は海へ出た
朱帆は海へ出た
静心
燃へろ!
火花の鎖
失職して見た夢
月夜の花
 後記
[#改ページ]

蒼馬を見たり
[#改丁]

 蒼馬を見たり

古里の厩は遠く去つた

花が皆ひらいた月夜
港まで走りつゞけた私であつた

朧な月の光りと赤い放浪記よ
首にぐるぐる白い首巻きをまいて
汽船を恋ひした私だつた。

だけれど……
腕の痛む留置場の窓に
遠い古里の蒼い馬を見た私は
父よ
母よ
元気で生きて下さいと呼ぶ。

忘れかけた風景の中に
しほしほとして歩ゆむ
一匹の蒼馬よ!
おゝ私の視野から
今はあんなにも小さく消へかけた
蒼馬よ!

古里の厩は遠く去つた
そして今は
父の顔
母の顔が
まざまざと浮かんで来る
やつぱり私を愛してくれたのは
古里の風景の中に
細々と生きてゐる老いたる父母と
古ぼけた厩の
老いた蒼馬だつた。

めまぐるしい騒音よみな去れつ!
生長のない廃屋を囲む樹を縫つて
蒼馬と遊ぼうか!
豊かなノスタルヂヤの中に

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