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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46393
副題25 初めて博覧会の開かれた当時のことなど
25 はじめてはくらんかいのひらかれたとうじのことなど
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-04 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 堀田原から従前通り私は相更らず師匠の家へ通っている。すると、明治十年の四月に、我邦で初めての内国勧業博覧会が開催されることになるという。ところが、その博覧会というものが、まだ一般その頃の社会に何んのことかサッパリ様子が分らない。実にそれはおかしいほど分らんのである。今日ではまたおかしい位に知れ渡っているのであるが、当時はさらに何んのことか意味が分らん。それで政府の方からは掛かりの人たちが勧誘に出て、諸商店、工人などの家々へ行って、博覧会というものの趣意などを説き、また出品の順序手続きといったようなものを詳しく世話をして、分らんことは面倒を厭わず、説明もすれば勧誘もするという風に、なかなか世話を焼いて廻ったものであった。
 当時、政府の当路の人たちは夙に海外の文明を視察して来ておって、博覧会などの智識も充分研究して来られたものであったが、それらは当局者のほんの少数の人たちだけで、一般人民の智識は、そういうことは一切知らない。その見聞智識の懸隔は官民の上では大層な差があって、今日ではちょっと想像のほかであるような次第のものであった。
 右の通りの訳故、博覧会開催で、出品勧誘を受けても、どうも面倒臭いようで、困ったものだという有様でありました。ところが師匠東雲師も美術部の方へ何か出すようにという催促を受けました。師匠も博覧会がいかなるものであるか、一向分っておりません。それでどんなものを出して好いかというと、彫刻師の職掌のものなら、何んでもよろしい出してよい。従来製作しておるものと同じものでよろしいという。それではというので師匠は白衣観音を出品することにしたのでありますが、そこで師匠が私に向い、今度の博覧会で白衣観音を出すことにしたから、これは幸吉お前が引き受けてやってくれ、他の彫刻師たちもそれぞれ出品することであろうから、一生懸命にやってくれということでありました。
 私はこうした晴れの場所へ出すものだということだからなかなか気が張ります。師匠の言葉もあることで、腕限りやるつもりで引き受けて、いよいよその製作に取り掛かったのであった。

 その白衣観音は今日から考えても別段目先の変ったものではなく、従来の型の如く観音は置き物にするように製作えましたが、厨子などは六角形塗り箔で、六方へ瓔珞を下げて、押し出しはなかなか立派であった。それでその売価はというと、これが不思議な位のことで、観音は大きさが一尺で、材は白檀、充分に手間をかけた念入りの作。厨子はこれまた腕一杯に作ってある。それで売価七十円というのであった。今日では箱だけ樅で拵えてもそれ位の代価は掛かるかも分りませんが、何しろ一ヶ月その仕事に掛かり切っていても、手間は七円五十銭という時代であるから、自然そういう売価が附けられたことと思われます。とにかくお話しにならぬほど安いものでありました。
 さて、博覧会は立…

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