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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
副題33 蠑螺堂百観音の成り行き
33 さざえどうひゃくかんのんのなりゆき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-10 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 蠑螺堂は壊し屋が買いましたが、百観音は下金屋が買いました。下金屋というのは道具屋ではない。古金買いです。古金買いの中でも、鍋、釜、薬缶などの古金を買うものと、金銀、地金を買うものとある。後の方のがいわば高等下金屋である。これに百観音は買われました。……というのは、観音の彫刻にはいずれも精巧な塗り彩色がしてありますので、その金箔を見込んで買ったのである。単に箔だけを商売人たちは踏んでいるので、他には何んの見込みをつけているのではない。

 下金屋は本所枕橋の際、八百松から右へ曲がった川添いの所にあった。その川添いの庭に、百観音のお姿は、炭俵や米俵の中に、三、四体ずつ、犇々と詰め込まれ、手も足も折れたりはずれたり荒縄でくくって抛り出されてある。これは、五ツ目からこの姿のままで茶舟に搭せられ、大河を遡って枕橋へ着き、下金屋の庭が荷揚げ場になっているから、直ぐ其所へ引き揚げたものである。
 そうして、彼らはこれをどうするのかというと、仏体はそのまま火を点けて焼いてしまい、残った灰をふいて、後に残存している金を取ろうというのです。今、彼らはその仲間たちと相談して、やがて仕事に取り掛かるべく、店頭で一服やっている所でした。
 この妙な状態を或る人が見たのでした。その人は私の師匠東雲師を知っている人であった。話を聞くと、これこれというので、その人も随分驚いた。音に名高い本所五ツ目の羅漢寺の、あの蠑螺堂に納まっていた百観音のお姿が、所もあろうにこんな処へ縛られて来て、今にも火を点けて焼かれそうになっているのだから、驚いたも無理はありません。その人は、何んとかして、この危急な場合を好い都合に運びたいものと考えたと見え、かねて知人である仏師東雲へこの話しをしたら、何んとかなろうと思ったのでしょう。その人は、吾妻橋を渡って並木の方から東雲師の店(当時は駒形に移っていた)を差してやって来たのでした。

 その日は暑い日でした。何月頃であったか、表通りの炎天を見ながら、私は店頭で仕事をしていました。其所へ一人の人が尋ねて来た。
「師匠はお宅ですかね」
「師匠は朝から山の手へ要事があって出掛けましたが……」
 私がそう答えますと、その人は失望したような表情をしました。
「そうですか。じゃあ、ちょっとは帰りませんね。ああ、生憎だなあ……惜しいことだなあ……」
と、何か容子ありげに嘆息しております。私はどうしたのかと思って、その来意を尋ねると、「実はこれこれで……余り見兼ねた故、此店の師匠に知らせて上げたら、何んとかなるだろうと思い、わざわざやって来たんだが、師匠が留守とあってはどうもしようがない。これが明日、明後日と待っていられることではないのだから、今一刻をも争うというところだからね。だが、どうも仕方がない。さようなら」
 そうその人はいいながら、帰ってしまいました。

 この話を聞…

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