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氷れる花嫁
こおれるはなよめ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新青年傑作選 爬虫館事件」 角川ホラー文庫、角川書店
1998(平成10)年8月10日
初出「新青年」1927(昭和2)年4月号
入力者網迫、土屋隆
校正者山本弘子
公開 / 更新2008-02-23 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

1 (溶明)晴れたる空。輝く十字架――教会の屋根だ。
2 教会。結婚式――青年とその十五になったばかりの可愛らしい花嫁と。――花と、音楽と。
3 春の港に浮べる新造船。
4 帆柱の尖端に飜る船旗。――新しき五月の花よ。モンテ・カルロへ! 万歳!――と書かれてある。
5 船室には、青年と可愛い花嫁とがモンテ・カルロへ新婚旅行をするので乗り込んでいた。
6 二人は勿論恋人同志だったから、深く愛し合った。
7 出帆。――注意、この航海は処女航海である。
8 肥った船長。黒ん坊の運転士。大ぜいの水夫たち。
9 舵手――一心に舵輪を廻している。
10 だが! 船尾に到ってよくよく見るならば、この船には全く一つの舵もついていないのだ。
造船工がヒョッとして付け忘れてしまったのらしい。そしてそのことを舵手を始め、船長も誰も知らないとは、ああ、なんたる失敗であろう!
11 風景。
12 大洋を走る運命の船。
13 楽しい航海生活。――遊戯や、踊りや、酒や……。
14 一等船客たちの華美なる舞踏会。
15 青年とその美しい花嫁も踊っている。
16 突然花嫁は卒倒しかける。叫ぶ。
「あたし、寒くて寒くて、凍えそうだわ!」
17 青年はびっくりして、花嫁の華車な人形のような体を抱き上げる。
青年の顔に恐怖の色。叫ぶ。
「ガタガタ慄えているね。お前は熱病にかかったのだ!」
18 船客たちのどよめき。
「熱病!」
「熱病……」
「印度洋の熱病だ!」
「印度洋の熱病だ[#挿絵]」
19 青年は花嫁の体を腕にかかえて、
20 そして船室のベッドへ運ぶ。
21 船医が診察する。首を大きく振って、
「印度洋の特有な悪性の瘧らしい」
22 忽ち船全体に大袈裟な消毒が始まる。
23 しかし、すでに遅く、悪疫は船内に瀰漫しつつあった。まず花やかな薄羅に包まれた淑女たちが、それから紳士と船員が次々にたおれた。みんな恐ろしい寒気を身に感じて、そしてまるで「慄える玩具」のように劇しく絶え間なく戦慄した。
24 花嫁の枕辺で絶望している青年。青年自身も堪え難い寒気に襲われた。
25 船長室。――肥った船長はベッドの中で氷嚢に冷やされながら慄えていた。
26 黒ん坊の運転手は慄えながら神を祈った。
27 電信技師は慄える手先で辛うじて発信機を打つ。
――S・O・S! 印度洋にて。新しき五月の花――
28 帆柱高く上がる非常信号旗。
――我等、危険に瀕せり!――
29 ただ船底の火夫だけが丈夫で働いた。
30 羅針盤。不良――と書いた紙が貼ってある。
31 舵手室。舵手は蒼ざめて、厚まくれた外套にくるまりながら、決然たる態度で舵輪を廻している。
32 船尾。
33 舵機――舵のついていない心棒ばかりが波間に空しく廻転した。
34 大洋を走る運命の船。(溶暗)
35 長い夜。おそろしく泡立っている真っ暗な海面。…

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