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寡婦
かふ
原題UNE VEUVE
著者
翻訳者秋田 滋
文字遣い新字新仮名
底本 「モオパッサン短篇集 色ざんげ 他十篇」 改造文庫、改造社出版
1937(昭和12)年5月20日
入力者京都大学電子テクスト研究会入力班
校正者京都大学電子テクスト研究会校正班
公開 / 更新2007-07-02 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 バヌヴィルの館で狩猟が催されていた、その間のことである。その秋は雨が多くて陰気だった。赧い落葉は、踏む足のしたでカサとの音もたてず、降りつづく陰欝な霖雨にうたれて、轍のなかで朽ちていた。
 あらまし葉をふるいつくした森は、浴室のようにじめじめしていた。一たび森へ足を踏みいれて、雨のつぶてに打たれた大木のしたにいると、黴くさい匂いや、降った雨水、びッしょり濡れた草、湿った地面からあがって来る水分がからだを包んでしまう。射手たちはこのひッきりなしに襲ってくる水攻めに絶えず身をかがめ、犬も悲しげに尾を垂れて、肋骨のうえに毛をぺッたりくッつけていた。身体にぴッたり合った年わかい女の猟人たちの羅紗服には雨が透っていた。彼らはこうして、毎日夕がたになると、身心ともに疲れはてて館へ帰って来るのだった。
 晩餐をすますと、彼らは、広間に集って、たいして興もなげにロト遊びをしていた。戸外では風が鎧戸に吹きつけて騒々しい音をたて、また古めかしい風見を、独楽のように、からから[#挿絵]していた。そこで一同は、よく本などにあるように、何かかわった話をしてみたらどうだと云いだした。が、ねッから面白い話も出なかった。男の猟人たちは射撃の冒険談や兎を殺した話などをした。女連のほうも頻りに頭を悩ましているのだったが、千一夜物語のシュヘラザアデの想像はとうてい彼女たちの頭には浮んで来なかった。
 この遊びももう止めにしようとしていた時である、先刻から、未婚の女でとおして来た年老いた伯母の手を弄ぶともなく弄んでいた一人の若い女が、金色の頭髪でこしらえた小さな指環にふと目をとめた。その時までにも何遍となく見たことはあったのだが、別に気にとめて考えてみたこともなかったのである。
 彼女はそこでその指環を静かに指のまわりに[#挿絵]しながら、伯母にこう訊いた。
「ねえ伯母さま。何でございますの、この指環は――。子供の髪の毛のようでございますわね」
 老嬢は面をあかく染めた。と思うとその顔はさッと蒼ざめた。それから顫えを帯びた声で云うのだった。
「これはねエ、とてもお話しする気になどなれないほど、悲しい、悲しいことなんですの。私の一生の不幸もみんなこれがもとなんです。私がまだごく若かった頃のことで、そのことを想うと、いまだに胸が一ぱいになって、考えるたびに私は泣きだしてしまうのです」
 居合わせた人たちはすぐにもその話を聴きたがった。けれども伯母はその話はしたくないと云った。が、皆なが拝むようにして頼むので、伯母もとうとう話す決心をしたのだった――。

「私がサンテーズ家のことをお話しするのを、もう何遍となくお聞きになったことがあるでしょう。あの家も今は絶えてしまいました。私はその一家の最後の三人の男を知っておりました。三人が三人、同じような死に方をいたしました。この頭髪は、そのなかの最後の男のもの…

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