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貸家を探す話
かしやをさがすはなし
作品ID46406
著者高田 保
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻24 引越」 作品社
1993(平成5)年2月25日
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-03-23 / 2014-09-21
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私はいま伊豆の温泉宿にゐて、のんびりした恰好で海を眺めてゐる。だが人間を恰好だけで判断するわけにはいかない。この私も実はのんびりどころか、屈托だらけなのである。海を眺めてゐるのは恰好だけで、私の眼は貸家札を探してゐるのである。
 今朝の都新聞を見ると、『読者と記者』といふ欄に、「この一月以来私は貸家探しをしてやつと見つかり五ヶ月ぶりにホッとした者だが」といふ書出しで、ある読者が苦情を並べてゐる。記者の方も同情して「大問題です」と答へてゐる。私もまたこゝのところずうつと貸家探しをしてゐる者だ。私の方はまだ見つからんのでホッとするまでにならない。そこで私は仕方なくこの温泉宿へやつて来たといふ次第だ。海を眺めながらも貸家札がといつたのは、つまり私の心境を表現したのである。
 新聞を手にすると先づ、何よりもあの一番後の頁、あそこを見ることにしてゐる。バルカン諸王国の運命も気にかゝらんことはないが、それよりも『貸家』といふ案内広告である。しかし近頃は『貸家』よりは『売家』の方が多い。『貸家』が二件なら『売家』の方は二十件である。だからその結果として『求貸家』といふのがすばらしく並んでゐる。当然の比例で『求売家』といふのは見当らない。世の中の方則といふものは整然と行はれてゐる。泰平なものだなと思ふ。
 泰平ではあるが私には、なぜこの売家と貸家とが『家屋』といふ一つの欄に収められてゐるのかが判らない。借りなければならない人間に買へる筈はない。同じ家屋ではあるがこの二色は極楽と地獄みたいな相違である。新聞社にしてこんなことに気づかないとは可笑しすぎる。
 それはそれとして手頃な広告を見つける。だがこれが見つかつたとて、すぐさま、手頃な貸家が見つかつたことにはならない。厭でもそこまで足を運ばなければならない。判りにくいところを、円タクでぐる/\廻る。メーターの方は黙つてカチリ/\と出るだけだが、運転手の方は黙つてゐない。いゝ加減にしてこの辺で下りてくれといふ。家主への手前、折角自動車で乗りつけた豪勢なところを見せたいと考へたのも、それですつかりふいになつてしまふ。それで、どうだね君、用事はすぐ済んでまた銀座の方へ帰るんだが、ちよつと待つてゐて稼ぐ気はないかね? 君だつて空車で帰るよりはいゝだらう。勿論メーターは立て直していゝよ。などと御機嫌をとつてみるのだが、なか/\その手には乗つてくれない。御冗談でせう、近頃の円タクで空車流しをやるやうなそんなトンチキは近頃の貸家よりも目つからねえやうなもんですぜ、などと喰はされる。
 さて、さういふ思ひをしながら、やつと駆けつけた先方の家主だが、これがひどく冷たい。私のとこには空家なんぞ無い筈だといふ顔をする。あゝあれですかいと来る。あれはもうとつくに決つちまひましたよ、といふのである。とつくにといつたつて広告は今朝の新聞ぢやないか。一…

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