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歌の口調
うたのくちょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第十二巻」 岩波書店
1997(平成9)年11月21日
初出「朝の光」1922(大正11)年3月
入力者Nana ohbe
校正者松永正敏
公開 / 更新2006-11-28 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 歌の口調がいいとか悪いとかいう事の標準が普遍的に定め得られるものかどうか、これは六かしい問題である。この標準は時により人により随分まちまちであってその中から何等かの方則といったようなものを抽き出すのは容易な事とは思われない。
 しかし個人的には、たとえそれは自覚されないにしても、何かしら自ずから一定の標準をもっていて、それに当嵌めて口調の善し悪しを区別している事だけは否定し難い事実である。
 それでもし各個人の標準を分析的に研究して、何等かの形でその要素といったようなものを抽出する事が出来れば、次には色々の個人の要素を綜合して、帰納的にやや普遍な方則を求める事が出来そうにも思われる。
 口調というものの最も主要な要素の一つは時間的のリズムであるが、和歌や俳句のようなものでは、これは形式上の約束から既にある範囲内に規定されている。勿論その範囲内でも、例えば七、五の「七」を三と四に分けるか二と五に分けるかというような自由があるのでそれらのコンビネーション、パーミュテーションでかなり複雑な変化が可能になる。
 しかし、この要素は最も純粋な音楽的の要素であってこれを研究するには勢い広く音楽やまたあらゆる詩形全体にわたって考える事が必要になる。これはなかなか容易な仕事ではない。
 次に重要な要素は何と云っても母音の排列である。勿論子音の排列分布もかなり大切ではあるが、日本語の特質の上からどうしても子音の役割は母音ほど重大とは考えられない。これがロシア語とかドイツ語とかであってみれば事柄はよほどちがって来るが、それでも一度び歌謡となって現われる際にはどうしても母音の方の重みが勝つ。いわんや日本語となると子音の役目はよほど軽くなると云っても差しつかえはない。
 母音の重要なという事には根本的な理由がある。一体口調の惹き起す快感情緒といったようなものは何処から来るかというと、ちょっと考えた処では音となって耳から這入る韻感の刺戟が直接に原因となるように思われるが、実は音を出す方の口の器官の運動に伴う筋肉の感覚を通じて生ずるものである。立入った理論はぬきにして、試みにある一つの歌を一遍声を立てて、読み下した後に、今後は口をむっと力を入れてつぶって黙読してみるといい。あるいはもっと面白いのは口を思い切ってあんと開いて黙唱してみるといい。するとせっかくの歌の口調が消えてしまって「ムヽヽヽヽ」とか「アヽヽヽヽ」とかいう妙なものになってしまう。そこで今度は声を立てないで口を自由に且つ充分に動かして読む真似をしてみると、その歌の口調のあらゆる特徴が驚くほど鮮明に頭に響いて来るのである。その際における口のまわりの運動の仕事の大部分が何に使われるかと思ってみると、それは各種の母音に適応するように口腔の形と大きさを変化させるために使われているのである。そしてこういう声を出さずに口だけ動かす読…

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