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月世界跋渉記
げっせかいばっしょうき
作品ID46417
著者江見 水蔭
文字遣い新字新仮名
底本 「懐かしい未来――甦る明治・大正・昭和の未来小説」 中央公論新社
2001(平成13)年6月10日
初出「探検世界 秋季臨時増刊 月世界」成功雑誌社、1907(明治40)年10月号
入力者川山隆
校正者伊藤時也
公開 / 更新2006-11-30 / 2014-09-18
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    引力に因り月世界に墜落。探検者の気絶

「どうしよう。」
と思うまもなく、六人の月世界探検者を乗せた空中飛行船翔鷲号は非常な速力で突進して月に落ち、大地震でも揺ったような激しい衝動をうけたと思うと、一行は悉く気絶して終った。
 そもそもこの探検隊は目下日本で有名な否世界中に誰知らぬ者もないほどに有名な桂田工学博士と、これもその道にかけては頗る評判の月野理学博士とによって主唱され、それに両博士の助手が二名、及び星岡光雄、空知晴次といういずれも中学四年生の少年とで組織されているので、一行は桂田博士が発明した最新式の空中飛行船に乗じて、この試運転の第一着手として、吾が地球から最も近い月世界の探検を思い立ったのである。しかしこんな冒険な一命を賭するような事業に加わるのは実に乱暴極まった話だが、この二人はいずれも月野理学博士の親戚の少年で博士の家に厄介になって、その監督をうけつつ通学しているのだが、いつの間に聞き出したか、桂田博士と月野博士の計画を知って、是非にお伴をさせてくれるようにと、蒼蠅く頼んで何といっても肯かないので、博士も遂に承諾して一行の中に加えたのだ。それから助手というのは一人は山本広、一人は卯山飛達といって、ともに博士の手足となって数年来この事業のために尽瘁しているという、至極忠実なる人々だ。日本東京を出発してから十六日目、いよいよ月に近いた時に、不意に飛行器に狂いが生じて遂々こんな珍事が出来したのだ。
 将碁倒しになって気絶していた一行の中で、最先に桂田博士が正気に返ってムクムクと起き上った。半ば身を立てて四辺を見ると実に何ともいわれない悲惨な有様だ。
 自分らの這入っていた一室はどうにか壊れずにいるが、部屋の中は宛然玩具箱を引繰り返したように、種々の道具が何一つとして正しく位置を保っているのはなく、悉く転倒して、そこら一面に散在っている中に、月野博士を初め助手も二少年も、折り重って気絶している。
 博士は立ち上ろうとしたが、先刻の衝突で酷く身体を打ったと見えて、腰の関節が痛んで中々立てそうもない。やっと我慢して這いながら室の隅まで行って、壊れた棚から一つの薬箱を取り出して呑むと、少しは心地よくなったので、まず一番手近な山本を抱き起して薬を呑ませると、暫くしてようよう息を吹き返した。二人ながらまだ半病人だが互に協力してほかの一同に同じように薬を呑ませると幸にも皆正気に復したが、いずれもいずれも死人のような真蒼な顔をしている。
 暫時は誰も無言でいたが、少し元気を回復すると、桂田博士は、
「やどうも大変な目に逢ったね。」
と最先に口を切った。
「実に酷い目に逢った。僕はあの時はもう駄目だと思ったが、それでもよく気が付いた。」
と月野博士が答える。
 今迄喘ぐように苦しげに呼吸していた晴次はこの時ようよう口を開いて、
「叔父さん。(月野博士の事を…

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