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日輪草
ひまわりそう
作品ID46427
副題日輪草は何故枯れたか
ひまわりそうはなぜかれたか
著者竹久 夢二
文字遣い新字新仮名
底本 「童話集 春」 小学館文庫、小学館
2004(平成16)年8月1日
入力者noir
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-08-02 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 三宅坂の水揚ポンプのわきに、一本の日輪草が咲いていました。
「こんな所に日輪草が咲くとは、不思議じゃあありませんか」
 そこを通る人達は、寺内将軍の銅像には気がつかない人でさえ、きっとこの花を見つけて、そう言合いました。
 熊吉という水撒人夫がありました。お役所の紋のついた青い水撒車を引張って、毎日半蔵門の方から永田町へかけて、水を撒いて歩くのが、熊さんの仕事でした。
 熊さんがこうして、毎日水を撒いてくれるから、この街筋の家では安心して、風を入れるために、障子を明けることも出来るし、学校の生徒たちも、窓を明けておいてお弁当を食べることが出来るのでした。
 熊さんは、情深い男でしたから、道の傍の草一本にも気をつけて、労わるたちでした。
 熊さんはある時、自分の仕事場の三宅坂の水揚ポンプの傍に、一本の草の芽が生えたのを見つけました。熊さんは朝晩その草の芽に水をやることを忘れませんでした。可愛いい芽は一日一日と育ってゆきました。青い丸爪のような葉が、日光のなかへ手をひろげたのは、それから間もないことでした。風が吹いても、倒れないように、熊さんは、竹の棒をたててやりました。
 だが、それがどんな植物なのか、熊さんにはてんで見当がつきませんでした。円い葉のつぎに三角の葉が出て、やがて茎の端に、触角のある蕾を持ちはじめました。
「や、おかしな花だぞ、これは、蕾に角が生えてら」
 つぎの日、熊さんが、三回目の水を揚げたポンプのところへやってくるとその草は、素晴らしい黄いろい花を咲かせて、太陽の方へ晴晴と向いているのでした。熊さんは、感心してその見事な花を眺めました。熊さんは、電車道に立っている電車のポイントマンを連れてきて、その花を見せました。
「え、どうです」
「なるほどね」ポイントマンも感心しました。
「だが、なんという花だろうね、車掌さん」熊さんはききました。
「日輪草さ」車掌さんが教えました。
「ほう、日輪草というだね」
「この花は、日盛りに咲いて、太陽が歩く方へついて廻るから日輪草って言うのさ」
 熊さんはもう嬉しくてたまりませんでした。熊さんは、永田町の方へ水を運んでいっても、早く日輪草を見たいものだから、水撒車の綱をぐんぐん引いて、早く水をあけて、三宅坂へ少しでも早く帰るようにしました。だから熊さんの水撒車の通ったあとは、いくら暑い日でも涼しくて、どんな風の強い日でも、塵一ツ立ちませんでした。
 太陽が清水谷公園の森の向うへ沈んでしまうと、熊さんの日輪草も、つぼみました。
「さあ晩めしの水をやるぞい。おやお前さんはもう眠いんだね」
 熊さんはそう言って、首をたれて寝ている花をしばらく眺めました。時によると、日が暮れてずっと暗くなるまで、じっと日輪草をながめていることがありました。
 熊さんのお内儀さんは、馬鹿正直なかわりに疑い深いたちでした。このごろ熊さ…

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