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卑弥呼考
ひみここう
作品ID4643
著者内藤 湖南
文字遣い旧字旧仮名
底本 「内藤湖南全集 第七巻」 筑摩書房
1969(昭和44)年8月20日
入力者はまなかひとし
校正者米田進
公開 / 更新2003-07-10 / 2014-09-17
長さの目安約 60 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 後漢書、三國志、晉書、北史等に出でたる倭國女王卑彌呼の事に關しては從來史家の考證甚だ繁く、或は之を以て我神功皇后とし、或は以て筑紫の一女酋とし、紛々として歸一する所なきが如くなるも、近時に於ては大抵後説を取る者多きに似たり。今余が考ふる所は此の二者に異なる者あれば試みに左の序次により、其の所見を下に述べんとす。
一、本文の撰擇
二、本文の記事に關する我邦最舊の見解
三、舊説に對する異論
四、本文の考證
五、結論

一、本文の撰擇

 卑彌呼の記事を載せたる支那史書の中、晉書、北史の如きは、固より後漢書、三國志に據りたること疑なければ、此は論を費すことを須ひざれども、後漢書と三國志との間に存する[#挿絵]異の點に關しては、史家の疑惑を惹く者なくばあらず。三國志は晉代に成りて、今の范曄の後漢書は、劉宋の代に成れる晩出の書なれども、兩書が同一事を記するに當りて、後漢書の取れる史料が、三國志の所載以外に及ぶこと、東夷傳中にすら一二にして止らざれば、其の倭國傳の記事も然る者あるにあらずやとは、史家の動もすれば疑惑を挾みし所なりき。此の疑惑を決せんことは、即ち本文撰擇の第一要件なり。
 次には本文の中、各本に字句の異同あることを考へざるべからず。三國志に就て言はんに、余は未だ宋板本を見ざるも、元槧明修本、明南監本、乾隆殿板本、汲古閣本等を對照し、更に北史、通典、太平御覽、册府元龜等、此記事を引用せる諸書を參考して其の異同の少からざるに驚きたり。其の[#挿絵]異を決せんことは、即ち本文撰擇の第二要件なり。
 今先づ單に其の先出の書たる理由によりて、左に三國志魏書第三十の本文を掲ぐべし。
     倭人傳
倭人在二帶方東南大海之中一。依二山島一爲二國邑一。舊百餘國。漢時有二朝見者一。今使譯所レ通三十國。從レ郡至レ倭。循二海岸一水行。歴二韓國一。乍南乍東。到二其北岸狗邪韓國一。七千餘里。始度二一海一千餘里。至二對馬國一。其大官曰二卑狗一。副曰二卑奴母離一。所レ居絶島。方可二四百餘里一。土地山險。多二深林一。道路如二禽鹿徑一。有二千餘戸一。無二良田一。食二海物一自活。乘レ船南北市糴。又南渡二一海一千餘里。名曰二瀚海一。至二一大國一。官亦曰二卑狗一。副曰二卑奴母離一。方可二三百里一。多二竹木叢林一。有二三千許家一。差有二田地一。耕レ田猶不レ足レ食。亦南北市糴。又渡二一海一千餘里。至二末盧國一。有二四千餘戸一。濱二山海一居。草木茂盛。行不レ見二前人一。好捕二魚鰒一。水無二深淺一皆沈沒取レ之。東南陸行五百里。到二伊都國一。官曰二爾支一。副曰二泄謨觚柄渠觚一。有二千餘戸一。世有レ王。皆統二屬女王國一。郡使往來常所レ駐。東南至二奴國一百里。官曰二[#挿絵]馬觚一。副曰二卑奴母離一。有二二萬餘戸一。東行至二不彌國一百里。官曰二多模一。副曰二卑奴母離一。南至二投馬國一。水行二十日。官曰二彌…

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