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かぜ
作品ID46434
著者竹久 夢二
文字遣い新字新仮名
底本 「童話集 春」 小学館文庫、小学館
2004(平成16)年8月1日
入力者noir
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-08-01 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 風が、山の方から吹いて来ました。学校の先生がお通りになると、街で遊んでいた生徒達が、みんなお辞儀をするように、風が通ると、林に立っている若い梢も、野の草も、みんなお辞儀をするのでした。
 風は、街の方へも吹いて来ました。それはたいそう面白そうでした。教会の十字塔を吹いたり、煙突の口で鳴ったり、街の角を廻るとき蜻蛉返りをしたりする様子は、とても面白そうで、恰度子供達が「鬼ごっこするもん寄っといで」と言うように、「ダンスをするもん寄っといで」といいながら、風の遊仲間を集めるのでした。
 風が面白そうな歌をうたいながら、ダンスをして躍廻るので、干物台のエプロンや、子供の着物もダンスをはじめます。すると木の葉も、枝の端で踊りだす。街に落ちていた煙草の吸殻も、紙屑も空に舞上って踊るのでした。
 その時、街を歩いていた幸太郎という子供の帽子が浮かれだして、いつの間にか、幸太郎の頭から飛下りて、ダンスをしながら街を駆けだしました。その帽子には、長いリボンがついていたから、遠くから見るとまるで鳥のように飛ぶのでした。幸太郎は、驚いて、「止れ!」と号令をかけたが、帽子は聞えないふりをして、風とふざけながら、どんどん大通りの方までとんでゆきます。
 一生懸命に、幸太郎は追っかけたから、やっとのことで追いついて、帽子のリボンを押えようとすると、またどっと風が吹いてきたので、こんどはまるで輪のようにくるくると廻りながら駆けだしました。
「坊ちゃん、なかなかつかまりませんよ。」
 帽子が駆けながらいうのです。
 すると、こんどは大通から横町の方へ風が吹きまわしたので、幸太郎の帽子も、風と一しょに、横町へ曲ってしまいました。そしてそこにあったビール樽のかげへかくれました。
 幸太郎は大急ぎで、横町の角まできたが、帽子は見つかりません。
「ぼくの帽子がないや」
 幸太郎は、もう泣きだしそうになって言いました。帽子をつれていった風も、幸太郎を気の毒になってきて、
「坊ちゃん、私が見つけてあげましょう。」
 そういって、ビール樽のかげの帽子のしっぽを、ひらひらと吹いて見せました。幸太郎は、すぐ帽子のある所を見つけました。
「万歳!」
 幸太郎は、帽子の尻尾をつかんで叫びました。
「風やい、もう取られないぞ!」
 幸太郎は、帽子のつばを両手で、しっかり握っていいました。
「ほう、ほう」風はそう言いながら、飛んで行きました。
 エプロンも、木の葉も、紙屑もまたダンスをしていたけれど、幸太郎の帽子はもうダンスをしませんでした。



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