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おさなき灯台守
おさなきとうだいもり
作品ID46436
著者竹久 夢二
文字遣い新字新仮名
底本 「童話集 春」 小学館文庫、小学館
2004(平成16)年8月1日
入力者noir
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-08-01 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この物語はさほど遠い昔のことでは無い。
 北の海に添うたある岬に燈台があった。北海の常として秋口から春先へかけて、海は怒ったように暴狂い、波の静かな日は一日も無かった。とりわけこの岬のあたりは、暗礁の多いのと、潮流の急なのとで、海は湧立ちかえり、狂瀾怒濤がいまにも燈台を覆えすかと思われた。
 しかし住馴れた親子三人の燈台守は、何の恐れる景色もなく、安らかに住んでいた。
 今日も今日、父なる燈台守は、櫓のうえに立って望遠鏡を手にし、霧笛を鳴しながら海の上を見戍っていた。昼の間は灯をつけることが出来ないからこの岬をまわる船のために、霧笛を鳴して海路の地理を示していたのであった。今日はわけても霧の深い日で、ポー、ポーと鳴す笛の音も、何となく不吉なしらせをするように聞かれるのであった。
「姉さん、今日は何だかぼく、あの笛の音が淋しくて仕方が無いよ、そう思わない?」
「そうね、あたしも先刻からそう思っていたけれど、摩耶ちゃんが淋しがると思って言わなかった。」
「また難破船でもあるのじゃないかしら。」
 姉と弟とがこんな話をしているところへ、父はあたふたと階上から降りて来て
「須美、浜へ出て見てお出で、何だか変な物が望遠鏡に映ったから」
「はい」
 健気な姉娘の須美は父の声の下に立上ると
「姉さん、僕も行くよ」
 と弟の摩耶は後についた。
 浜へ出て見ると、果して其処の砂浜の帆柱の折れたような木に、水兵の着る赤いジャケツが絡みついているのが見えた。二人はそれを持って急いで帰った。父はそれを見るや否や、
「ああまたやられたか」と言って「俺はこうしては居られない。直ぐに救いのボートを出すから、須美は村の者に直ぐこのことを知らせるよう、それから摩耶は櫓の上で霧笛を吹いているんだぞ、しっかり吹かないと、お父さんまで難船してしまうぞ。好いか」
「大丈夫お父さん」
 摩耶は元気よく答えた。
「それじゃ往って来るぞ」
 そう言って父はもうボートを卸して、暗い波の上に乗り出した。
「じゃ摩耶さん、あたしも村の方へ行ってきてよ。霧笛は大丈夫?……しっかり頼んでよ」
「日本男児だ!」
「本当にお父さんはじめ、難船した人達のためなのよ。しっかりやって頂戴」
 姉は流石に女の気もやさしく、父の身の上、弟のことを気づかい乍ら、村の方へ走って行った。この燈台から村へは、一里に余る山路である。
 父のボートは暗い波と烈しい風とに揉まれ乍ら、濃霧の中を進んだ。やがて、船の最後と思われる非常汽笛の音をたよりに、つかれた腕に全力をこめて、ボートをやった。行って見ると、船の破片にすがった半死の人が五人だけ見えた。
 一人一人ボートへ助け入れたが、どの人も口を利くどころか、眼さえ見えぬようであった。ボートの舳を返して燈台の方へ漕いだが、霧は愈深くなり、海はますます暗くなり、ともすれば暗礁に乗り上げそうであっ…

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