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放翁鑑賞
ほうおうかんしょう
副題07 その七 ――放翁詩話三十章――
07 そのなな ――ほうおうしわさんじっしょう――
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「河上肇全集 20」 岩波書店
1982(昭和57)年2月24日
入力者はまなかひとし
校正者今井忠夫
公開 / 更新2004-06-12 / 2014-09-18
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

渭南文集五十巻、老学庵筆記十巻、詩に関する
説話の散見するものを、拾ひ集めて此篇を成す。

      放翁詩話

       (一)

 呉幾先嘗て言ふ、参寥の詩に五月臨メバ二平山下路一、藕花無数満ツ二汀洲ニ一と云へるも、五月は荷花の盛時に非ず、無数満汀洲と云ふは当らず、と。廉宣仲云ふ、此は但だ句の美を取る、もし六月臨平山下路と云はば、則ち佳ならず、と。幾先云ふ、只だ是れ君が記得熟す、故に五月を以て勝れりと為すも、実は然らず、止だ六月と云ふも亦た豈に佳ならざらんや、と。(老学庵筆記、巻二)

       (二)

 杜子美の梅雨の詩に云ふ、南京犀浦道、四月熟二黄梅一、湛湛トシテ長江去リ、冥冥トシテ細雨来ル、茅茨疎ニシテ易レ湿、雲霧密ニシテ難レ開、竟日蛟竜喜、盤渦与レ岸回と。蓋し成都にて賦せる所なり。今の成都は乃ち未だ嘗て梅雨あらず、惟だ秋半積陰、気令蒸溽、呉中梅雨の時と相類するのみ。豈に古今地気同じからざるあるか。(老学庵筆記、巻六)

       (三)

 欧陽公の早朝の詩に云ふ、玉勒争門随仗入、牙牌当殿報班斉と。李徳芻言ふ、昔より朝儀未だ嘗て牙牌報班斉と云ふ事あらずと。予之を考ふるに、実に徳芻の説の如し。朝儀に熟する者に問ふも、亦た惘然、以て有るなしと為す。然かも欧陽公必ず誤まらざらん、当に更に博く旧制を攷ふべき也。(老学庵筆記、巻七)

       (四)

 張文昌の成都曲に云ふ、錦江近西煙水緑、新雨山頭茘枝熟、万里橋辺多二酒家一、遊人愛下向二誰家一宿上と。此れ未だ嘗て成都に至らざる者なり。成都には山なし、亦た茘枝なし。蘇黄門の詩に云ふ、蜀中茘枝出二嘉州一、其余及レ眉半有不と。蓋し眉の彭山県(註、成都の南方)、已に茘枝なし、況や成都をや。(老学庵筆記、巻五)

○以上の四項は、いづれも放翁が如何に実事の追究に徹底的であつたかを示さんがために、写し出したのである。
 その雑書と題する詩(剣南詩稿巻五十二)に云ふ、枳籬莎径入二荊扉一、中有二村翁一百結衣、誰識新年歓喜事、一[#挿絵]一犬伴レ東帰と。そして自註には[#挿絵]犬皆実事としてある。また貧舎写興と題する詩(詩稿巻六十八)に云ふ、粲粲新霜縞二瓦溝一、離離寒菜入二盤羞一、贅童擁レ※[#「竹/彗」、読みは「すい」、489-12]掃二枯葉一、瞶婢挑レ灯縫二破裘一と。そしてこゝにも亦た自ら註して贅瞶皆紀実としてある。彼は自分で詩を作る場合にも、決して好い加減のでたらめを書いては居ないのである。
 私は之についてゴルキーを思ひ出さずには居られない。今私の手許にある彼の『文学論』は、十分信頼の出来る訳書だとは思へないが、その中から、彼の見解の一端を見るに足る或る一つの個所を、ここに写し出して見よう。
 次の一節は、マルチャノフといふ新人の長編小説『農民』について言つてゐる言葉である。――
「多くの批…

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