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怪異黒姫おろし
かいいくろひめおろし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集4 怪奇黒姫おろし 他12編」 春陽文庫、春陽堂書店
2000(平成12)年1月20日
入力者岡山勝美
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-11-17 / 2014-09-18
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

 熊! 熊! 荒熊。それが人に化けたような乱髪、髯面、毛むくじゃらの手、扮装は黒紋付の垢染みたのに裁付袴。背中から腋の下へ斜に、渋段々染の風呂敷包を結び負いにして、朱鞘の大小ぶっ込みの他に、鉄扇まで腰に差した。諸国武者修業の豪傑とは誰の眼にも見えるのが、大鼻の頭に汗の珠を浮べながら、力一杯片膝下に捻伏せているのは、娘とも見える色白の、十六七の美少年、前髪既に弾け乱れて、地上の緑草に搦めるのであった。
「御免なされませ。お許し下さりませ」
 悲し気にかつは苦し気に、はた唸き気味で詫びるのであった。
「何んで許そうぞ、拙者に捕ったが最期じゃ。観念して云うがままに成りおれぇ」と、武道者の声は太く濁って、皹入りの竹法螺を吹くに似通った。
 北国街道から西に入った黒姫山の裾野の中、雑木は時しもの新緑に、午過ぎの強烈な日の光を避けて、四辺は薄暗くなっていた。
 山神の石の祠、苔に蒸し、清水の湧出る御手洗池には、去歳の落葉が底に積って、蠑[#挿絵]の這うのが手近くも見えた。
 萱や、芒や、桔梗や、小萩や、一面にそれは新芽を並べて、緑を競って生え繁っていた。その上で荒熊の如き武道者が、乙女の如き美少年を、無残にも膝下に組敷いているのは、いずれ尋常の出来事と見えなかった。
 もとより人里には遠く、街道端れの事なれば、旅の者の往来は無し。ただ孵化り立の蝉が弱々しく鳴くのと、山鶯の旬脱れに啼くのとが、断れつ続きつ聴えるばかり。
「それならば、どう致したら宜しいのか」と怨めしそうに美少年は云った。
「おぬしの身の皮を残らず剥ぐ。丸裸にして調べるのじゃ」
「それは又何故に」
「ええ、未だ空惚けおるか。おぬしは拙者の腰の印籠を盗みおった。勿論油断して岩を枕に午睡したのがこちらの不覚。併し懐中無一文の武者修業、行先々の道場荒し。いずれ貧乏と見縊って、腰の印籠に眼を付けたのが憎らしい。印籠は僅かに二重、出来合の安塗、朱に黒く釘貫の紋、取ったとて何んとなろう。中の薬とても小田原の外郎、天下どこにもある品を、何んでおぬしは抜き取った」
「いえいえ、全く覚えの無い事」
「ええ、未だ隠すか。これ、この懐中のふくらみ、よもやその方女子にして、乳房の高まりでも有るまいが」
 毛むくじゃらの手を懐中に突込み、胸を引裂いてその腸でも引ずり出したかの様、朱塗の剥げた粗末な二重印籠、根付も緒締も安物揃い。
「これ見ろ」
 美少年は身を顫わせ、眼には涙をさえ浮べて。
「御免なされませ。まことは私、盗みました。それも母親の大病、医師に見せるも、薬を買うも、心に委せぬ貧乏ぐらしに」
「なんじゃ、母親の大病、ふむ、盗みをする、孝行からとは、こりゃ近頃の感服話。なれども、待て、人の物に手を掛けたからには、罪は既に犯したもの。このままには許し置かれぬ。拙者は拙者だけの成敗、為るだけの事は為る。廻国中の…

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