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壁の眼の怪
かべのめのかい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集4 怪異黒姫おろし 他12編」 春陽文庫、春陽堂書店
2000(平成12)年1月20日
入力者岡山勝美
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-11-17 / 2014-09-18
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

 寛政五年六月中旬の事であった。羽州米沢の典薬勝成裕が、御隠居上杉鷹山侯(治憲)の内意を受けて、一行十五人、深山幽谷に薬草を採りに分け入るという、その時代としては珍らしい計画が立てられた。
 その最終の目的地点は東北の秘境、本朝の桃源にも比べられている三面谷であった。
 三面谷は越後の村上領では有るのだけれど、又米沢からの支配をも受けているので、内藤家からも飯米を与えるが、上杉家からも毎年二十俵を、雪が積って初めて道が出来るのを待って、人の背を以て送られていた。そういう関係で、三面村の現状を能く調査して来いという、秘密命令も有ったのだ。
「ぜひ御一行に御加え下されえ。いかようなる任務でも致しましょうで」
 かく申込んだのは、この頃米沢に漫遊中の江戸の画師、狩野の流れは汲めども又別に一家を成そうと焦っている、立花直芳という若者であった。
「三面の仙境には、江戸にいる頃から憧憬れておりました。そこをぜひ画道修業の為に、視ておきとう御座りまする」
「それは御熱心な事で御座る。幸い当方に於いても、三面の奇景は申すに及ばず、異なりたる風俗なんど、絵に書き取りて、わが君初め、御隠居様にも御目に掛けたいと存じたる折柄。では御同行仕ろう」
 米沢の城下から北の方二十里にして小国という町がある。ここは代官並に手代在番の処である。それからまた北に三里、入折戸という戸数僅かに七軒の離れ村がある。ここに番所が設けられて、それから先へは普通の人の出入を許さないのであった。
 入折戸に着くまでが既に好い加減の難所であった。それから蕨峠を越していよいよの三里は、雪が降れば路が出来るけれど、夏草が繁ってはとても行来は出来ぬのであった。
 勝成裕及び立花直芳の一行十五人は、入折戸を未明に出立して、路なき処を滅茶滅茶に進んで行った。谷川を徒歩わたりし、岩山をよじ登り、絶壁を命綱に縋って下り、行手の草木を伐開きなどして、その難行苦行と云ったら、一通りではないのであった。
 勝国手と立花画師との他は、皆人足で、食糧を持つ他には、道開き或いは熊避けの為に、手斧、鋸、鎌などを持っているのであった。
 三里という呼声も、どうやら余計に踏んで来たように覚えた頃、一行は断崖下に大河の横たわるのに行詰った。
「三面川の上流に御座りまする。もう向岸が三面で御座りまする」
 人夫の中の一人が云った。
「どこか、渡り好い処を選ぶように」
 勝国手の命令で、人々手分けをして渡り口を求めに散った。この間に直芳も手帳矢立を取出して、写生すべく川端を少しく下手の方へと行ったのであった。
「あッ」
 いくらか断崖の低くなっている処。下の深淵へ覗く様にして出張っている大蝦蟇形の岩があった。それに乗って直芳が下を見た時に、思わず知らず口走ったのであった。それは緑の水中に、消え残る雪の塊とも擬うべき浴泉の婦人を…

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