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日光
にっこう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代日本紀行文学全集 東日本編」 ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日
入力者林幸雄
校正者松永正敏
公開 / 更新2004-06-01 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    一

 野州はすぐれた山水の美を鍾めてゐるので聞えてゐる。水石の美しいので聞えてゐる。深い溪谷の多いので聞えてゐる。雲煙の多いので聞えてゐる。
 中でも、日光の山水を持つた大谷川の谷と鹽原の勝を持つた箒川の谷とが一番世に知られてゐる。しかし、この他に鬼怒川の大きな溪谷のあることを忘れてはならない。
 しかし、何と言つても一番すぐれてゐるのは大谷の峽谷だ。電車が通じ、凉傘が日に照り、都會の人々を乘せた籠や車が絶えずその谷の岸を通つて行くので、頗る俗化されて了つたやうなところはあるけれども、それでも山の深いために持つた男性的の烈しい氣分は、決してその峽谷を全く平凡化しては了はなかつた。風は凄じく鳴つた。溪は凄じく怒號した。雲霧は時の間に咫尺を辯ぜぬばかりに襲つて來た。一度洪水が出れば、その凄じい烈しい濁流は例の朱塗の橋をも呑まんばかりの勢を呈した。
 それにその持つた輻射谷にもすぐれた谷が多かつた。般若方等の谷、荒澤の谷、田母澤の谷、すべて美しいシインを到る處に開いた。瀧の多いのも無論その峽谷の色彩を複雜にしてゐるが、それよりも何よりも水の美しいのが好かつた。深澤の溪橋あたりの水の美しさは、他の溪谷にはとても見ることの出來ないものであつた。瀞潭の美は紀州の北山川にある。奔瀬の美は肥後の玖磨川にある。しかし瀬の水の美しさは實にこの大谷の峽谷を以て最とした。
 水の美しさは、鹽原の谷も多くこれに讓らない。入勝橋から福渡戸に行くあたりは、殊にすぐれてゐる。しかし、箒川の谷は何方かと言へば女性的である。奔湍急瀬の壯よりも、寧ろ清淺晶玉の美である。山にも大谷の峽谷に見るやうな烈しい強い男性的の氣分を持つてゐない。線からして既に柔かで瀟洒である。しかしこの谷には大谷の谷にない温泉が處々に湧出した。それに、近頃では軌道が出來た。まご/\すると、箱根もその繁華の半を此處に奪はれるやうにならぬとも限らない。
 この二つの山水の谷に比べると、鬼怒川の溪谷は、平凡ではあるが規模は大きい。何處かと言へば、木曾川、多摩川、久慈川の谷に似てゐる。大谷の谷のやうに岸が迫つてゐない。岩石の奇にも乏しい。しかし中岩橋、籠岩を序幕として、それから瀧の湯附近、更に進んで川治の温泉附近、そこから谷は深く山又山の中に穿つやうに入つて行つて、その源流の鬼怒沼まで十五六里が間、人家は皆山に架し溪に枕み、水の鳴ること佩環の如く、全く別天地を其處に開いて見せるのであつた。平家の落武者のかくれたといふさびしい山村を……。獵師と岩茸採りと鑛山師と熊と岩魚とを持つた栗山十三郷の山村を……。
 しかし、鬼怒川の水電工事は、この美しい峽谷をも非常に破壞したといふことであつた。文明の氣分は今はこの深山窮谷の中まで入つて行つた。

    二

 普通遊覽者の通つて行く處から一歩入ると、日光の山は非常に深い。地域もま…

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