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三人の師
さんにんのし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「青眉抄・青眉抄拾遺」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
入力者鈴木厚司
校正者川山隆
公開 / 更新2007-06-03 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

        鈴木松年先生

 私にとっては鈴木松年先生は一番最初の師であり、よちよちあるきの幼時から手をとって教えられ一人あるきが出来るようにまで育てあげられた、いわば育ての親とも言うべき大切な師なのである。
 松年先生の画風というのは四条派のしっかりしたたちで、筆などもしゃこっとした質のもので狸の毛を用いたのをよくお使いになっていられた。

 先生は決して刷毛を使われなかった。刷毛のような細工ものは芸術家の使うものではない、画家はすべからく筆だけによるべきである――と言われて、普通刷毛を必要とするところは筆を三本も四本もならべて握りそれで刷毛の用をなされたのである。
 雄渾な筆致で、お描きになっていられるところを拝見していると、こちらの手先にまで力がはいるくらいに荒いお仕事ぶりであった。筆に力がはいりすぎて途中で紙が破れたことなども時々あった。

 私はよく先生の絵の墨をすらされたものである。
 先生の画風が荒っぽいものなので、自然お弟子たちも荒々しくなる。それで墨をすらしても荒々しいすりかたをするのでキメが荒れてなめらかな墨汁が出来ない。
「墨すりは女にかぎる」
 先生はそう言って墨だけは女の弟子にすらすことにされていたのである。

 先生の画室には低い大きな机があって、その上へいつもれんおちの唐紙を数枚かさねて置いてある。
 先生はそこへ坐られると、上の一枚に下部から一気呵成に岩や木や水や雲といったものをどんどんと描いていかれる。
 水を刷いたりどぼどぼに墨をつけた筆をべたべたと掻き廻されるものであるから瞬く間に一枚の紙がべたべたになってしまう。
 そうすると先生はその上へ反古を置いてぐるぐると巻いて側へ放り出される。
 次の紙にまた別の趣向の絵をどんどん描いていかれる。すぐに紙がべたべたになる。前と同じように反古に巻いて放り出す。
 一日に五枚も六枚もそうされる。次の日はその乾いたのをとり出して書き足す。またべたべたになる。放り出す……このようにして、五日ほどすると美事な雄渾な絵がそれぞれの構図で完成するという制作の方法であった。
 あのような荒々しいやり方の先生をその後見たことはない。

 刷毛を厭われたと同様に器物をつかって物の形をとることも極度にいやがられた。
 たとえば月を描く場合でも太い逞しい筆をたばねて一種の腕力を以て一気にさっとかかれたものである。
 当時京都画壇には今尾景年先生、岸竹堂先生、幸野楳嶺先生、森寛斎先生などの方々がそれぞれ一家をなしていられたが、景年先生なども月を描かれる時には丸い円蓋とか丸い盆、皿などを用いられて描かれていたが、松年先生は決してそのような器具は使われなかった。
「他人はひと、私は決してそんな描法を用いない」
 先生は常にそう言って、画家はあくまで筆一途にゆくべきであると強調された。

 そういう気持ち…

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