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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46539
副題37 鋳物の仕事をしたはなし
37 いもののしごとをしたはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-10 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 とかくしている中、また一つ私の生活に変化が来ました。
 それは牛込神楽坂の手前に軽子坂という坂があるが、その坂上に鋳物師で大島高次郎という人があって、明治十四年の博覧会に出品する作品に着手していた。
 これは銀座の三成社(鋳物会社)が金主となって大島氏に依嘱したものであるが、その大島氏と息子に勝次郎(後に如雲と号す)という人があって、まだ二十歳前の青年であるけれども、なかなか腕の勝れた人で、この人が主となってその製作をやっておった。ところが、大作のこととて、なかなか大島氏父子の手だけでは十四年出品の間に合いそうもない所から、十二年の暮頃から、しきりと製作を急いで来たがどうも手助いを頼む人物がなかなか見当らない。そこで、父の高次郎氏が、どういう考えであったか、その助手を私に頼むことに決めたと見え、或る日、突然、私の宅へその人が訪ねて来たのである。
 高次郎氏に逢って見ると、「実は、これこれで仕事を急いでいる。是非一つ来てやって頂きたい」
との頼み、しかし、話を聞くと、先方の仕事は鋳物の方で、蝋作りでやるのだという。私は木は彫るが、蝋はいじったことはない。まるで経験のない仕事であるから、とてもこれはやれない。折角ですが……と断わりますと、大島氏はなかなか承知せず、
「そんな心配は御無用だ。木彫りの出来るあなたが蝋のひねられないという道理はない。まあ、とにかく、来てやって下さい。木のやれる腕前だ。蝋は何んでもない。是非一つ引き受けておもらいしたい」
と、一本槍に頼まれて、私も実は当惑した。というのも、手練れないことを軽率にやって、物笑いになるようでは気の利かぬ話と思ったからであります。けれども、大島氏は強ってといってなかなか許しませんので、経験がないということも、その経験を作ることによって、智識も啓け、腕も上達するというもの、聞けば蝋作りというものは、なかなか自由の利くもので、指でひねって形を作るのであるというが、これはかねてから心を惹かれている彼の増減自在の「脂土」のことにも思い到り、手法は異うにしても、蝋でやることも面白からん、これは大いに彫刻のたよりとなるであろう。初めての仕事なれど、何も経験である。行って見ようかと私の心は動いて来ました。
 それに勝次郎という人の仕事の上手であることをも予てから知っており、この人と一緒に仕事することは、いろいろ智識を開くことにもなろう。また仏師の仕事と異って、鋳物の方になると、思いもよらぬ面白い仕事をするかも知れない。何も修業だ、とここに決心しまして、承知の旨を答えました。
 大島老人は大いに喜び、早速、明日から来てもらいたいというので、まるで、足元から鳥の立つような話でありました。

 さて、仕事に掛かって見ると、なるほど、彫刻の土台があることだから、出来ないことはない。蝋を取って指でひねって物の形を作る……なかなかこ…

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