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劇詩の前途如何
げきしのぜんといかん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日
初出「文學界 十二號」文學界雜誌社、1893(明治26)年12月30日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2007-12-30 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 文界の筮卜者は幾度となく劇詩熱の流行を預言せり、然るに今年までは当れるにもあらず、当らぬにもあらず、これといふ傑作も出ざれば、劇詩の流行とも言ふべき程の事もあらず。小説界には最早二三世紀とも言ふべき程の変遷あり、批評界も能く変じ能く動きたるに、劇詩のみは依然として狂言作者の手に残り、如何ともすべき様なし。
 劇詩の消長は劇界の動勢と密接の関係を有する者なるが故に、彼世界の故実旧式は、自からに明治文学の革命の狂[#挿絵]をも嘲笑すべき城壁となりて、容易に新生気を侵入せしめざるは当然の理なるべし。然れ共、勢の迫るところ、早晩此世界にも大恐慌の来るべきは、何人と雖も預察し得る所なり。曩には桜癡居士の文壇より入りて歌舞伎座の作者となりしが如き、近く又美妙氏の野心勃々として禁じ難く、明年早春を以て、念入りの脚本を出だすべしと聞けば、好しや当分は一進一退の姿にてあらんも、必らず手腕ある劇詩家の出づるに[#挿絵]んで劇界との折合も付き、爰に此の世界の新面目を開くべしと思はるゝなり。
 劇詩に関する評論は、従来諸種の批評家によりてせられき。学海居士の此道に熱心なる由は、古るくより聞及びぬ。逍遙氏の劇論も亦た今に始まりしにあらで、「小説神髄」の著、「該撒奇談」の訳などありし頃よりの事なり、末松博士など直接に文界に関係なき人迄も、之を論議せし時代もありき。近くは忍月居士、折々戯曲論を筆せられし事あり。「柵草紙」には鴎外漁史の梨園詩人を論ずる一文、其頃文界を動かしき。
 偖も従来の劇作家を数ふれば、故黙翁あり。学海、桜癡の二家あり、其他小説家中にて劇詩を試みたるものゝ数も尠なからず。又た劇界の内外より組織せられたる演芸協会なる者もありて、只管詩人と劇部との間を温かにせんと企てられたりしも、暫時にして其の目的を失ひぬ。
 斯の如く機運は幾度も舞ひ来りて、又幾度も舞ひ去れり。然れども到底遂に来らざる可らざるは、劇界の革命なり。劇界の革命は必らず劇詩界の革命より来る可きが故に、若し来るべしと信ずるを得ば、来るものは劇詩界の革命ならんか。
 今年の秋暮より劇詩界に新らしき風雲生じ来れり。「早稲田文学」の史劇論其の第一なり。然れども此は今日に始まれるにあらず、早稲田氏の劇詩に就きての意見は、従来種々の形して江湖に現はれてありしものを通じて、一貫せる性癖の如き者にて、彼が一時、記実の文字にて写実と疑はれしも、彼が往々にして理想詩人を退けたるが如き傾ありしも、畢竟するに彼が所謂客観性に癖するの致す所にして、批評家としての彼の本領は、実に存して爰にありとも言ふべき程なれば、従て劇詩界の革命を煽動する者も亦、彼ならざるを得ず。彼は独り批評家として之を論ずるのみならず、記実家として劇の内外に関する事実を報道すること、甚だ力めたりと言ふべし。「読売」の高田半峰氏発起して歴史脚本を募れるは、「早稲田」…

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