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思想の聖殿
しそうのせいでん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日
初出「評論 十三號」女學雜誌社、1893(明治26)年9月23日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2007-12-28 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 思想の領地は栄光ある天門より暗濛たる深谷に広がれり。羽衣を着けたる仙女も此領地の中に舞ひ、悪火を吐く毒鬼も此の裡に棲めり。思想の境地は実に天の与へたる自由意志の[#挿絵]塲なり。美は醜と闘ひ、善は悪と争ふ、或は桂冠を戴きて此の舞台より歴史の或一隅に遷り去るあり、或は傷痍を負ふて永く苦痛の声を留むるあり。甲去れば乙来り、乙去れば丙又た来る。一往一来、頻又頻を極めて、而して宇宙は悠然として更に他の新客を待てり。プレトー去つて遠し、シヱーキスピーア去つて又た還らず、ウオーヅオルス逝けり、カアライル逝けり、ボルテーア逝き、バイロン逝けり。歴史の頁数は年毎に其厚さを加ふれど、思想界の領地は聊爾も減毀せらるゝを見ず。恰も是れ渡船に乗じて往来する人の面は常に異なれど、渡頭、船を呼ぶの声は尽くる時なきが如し。
 日本をして明治あらしめたるも思想の力多ければなり。「明治」をして、過去の幾星霜の如く蜉蝣的の生涯を為さしめたるもの、抑も亦た思想の空乏に因するところ寡しとせんや。思想は駭風の如く、以て瓦石を飛ばすべし、思想は滋雨の如く、以て山野を潤ほすべし。国を建て家を興すもの渠なり、深く人心の奥を支配するものも渠なり。人間霊魂の第一の顧問は渠なり、渠の動くところに霊魂の自由なる運作あり。渠は人間の最上府を鎮護するの任を有せり。渠は斯の如く人間の最上府を囲繞して、而して人間の結托せる社会を鎮護せり。社会と名づけ、国家と呼ぶも、要するに個々人間の最上府が、自由の意志を以て相結托せる衆合躰に過ぎざるなり。帰着する所は一個の最上府なり、爰に総ての運命を形成せり、爰に総ての過去と、総ての未来とを注射せり、歴史は其過去を語り、約束は其の未来を談ず。而して真個に社会の、国家の、人間の精神たる此の最上府を囲繞し、其の運動を支配し、其の一是及び一非を左右するもの彼の「思想」なりとせば、其の威力の壮大なる、得て名状すべからざるものあるなり。
 顧みて明治以後の歴史を見よ、如何に其政治社会が紛糾錯雑して、奇々怪々なる役者の乱舞跳梁を許したるか。如何に其の文学社会が、暴騰暴下して幾多の才子を送迎したるか。政治の如き文学の如き、実にこれ「思想」が正当に擁護せらるべき聖殿の築かれてあらざるべからざるところなるに、悲しいかな、未だ其の礎石さへも見る能はず、哲学者の名誉は能く罵るに因つて揚り、政治家といふものゝ価値は能く弁ずるに因つて知らる、能く売れるもの名誉ある小説家たり、斯の如くんば寧ろ哲学者も、政治家も、小説家も世に無きに如かざるなり。
 今日は大激変の時に際す。思想界に立てるもの各自一個の新人間たり、各自一個の新天地たり、俯しても仰いでも自己の中に存在する使命は、之を拭ひ去ること能はざるなり。此際に当つて能く我が最上府の命ずる所を奉じ、識る所あらば之を言ひ、道とするところあらば之を示し、説くべきことあ…

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