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東京湾怪物譚
とうきょうわんかいぶつたん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「集成 日本の釣り文学 第九巻 釣り話 魚話」 作品社
1996(平成8)年10月10日
入力者門田裕志
校正者山本弘子
公開 / 更新2010-07-03 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 観音崎と富津岬とが相抱いた東京湾口は、魚の楽園らしい。どんな魚でもゐる。それは餌が豊富であるのと、潮の流れが生きてゐるためであると思ふ。
 浦賀港から二三里三浦半島の突端の方へ寄つた下浦などは、黒鯛の避寒地だとされてゐる。夏の間、江戸前や横浜附近の海で遊んでゐた黒鯛は、晩秋から初冬になるとぞろ/\揃つて下浦へ避寒にでかける。なか/\しやれてゐるぢやないか。といふのは、下浦といふところの海水は、夏の間冷い潮が流れてゐて、冬になると温かい潮が廻つて来るためなのである。そこの黒鯛は、冬でも餌を食つてゐるから円々と背の肉が厚い。
 黒鯛や鱸などの小物は別として、東京湾口には凄いやうな大物も遊びに来たり居付いたりするのである。



 鱶、つまり鮫の四五百貫もある奴が時々やつて来ては漁師を驚かす。鱶は悪食で何でも食ふ。殊に人間の肉は好きのやうである。大鱶を見たらこれにからかつちや損だ。釣つた魚の二三尾も投げてやつて這々の体で逃げ帰るに限る。だが、勇敢な漁師もゐるものだ。浦賀港から東へ約一里ばかり行つた鴨居といふ漁村に、丸茂英太郎君といふ四十二三歳の漁師がゐるがこの人が二三年前素晴らしい大物を捕つた。
 英太郎君が大鯛釣をやつてゐると、鱶が舟へ襲ひ掛つて来た。一呑みといふ形相であつた。英太郎君は覚悟した。だが、無抵抗で食はれてしまふのも残念だと思つて、舟の舳の方を見ると折よくモリがあつたので、これを右手に奮ひ起つて舷に足をかけ、鱶の頭へ打つ徹して手綱を艫にかけ、その儘発動機を鳴らして港へ帰つて来たのである。港内へ入ればこつちのものだ。大勢の漁師連中が集つて来て、十数本のモリを打込んだから大鱶も遂に最期を遂げた。
 目方にかけたら二百八十貫あつたさうである。



 鱶よりもつと恐ろしいのも来てゐる。それはエビス鮫といふのである。刀の束に巻く鮫の皮は、エビス鮫の子だ。長さ三四間もあらうといふエビス鮫の親の皮についてゐる粒は想像しても分るやうに、鶏卵大位はある。石よりまだ堅い、アノ粒々のついてゐる背中を舟の底へゴリ/\と摺りつけて、穴をあけ舟を引つくり返して置いて、人間をパクリとやる代物である。漁師はこれを見ると、桑原々々である。歯の根も合はない始末である。青くなつて逃げ帰るのだ。このエビス鮫には十数間もある大きさのものが、伊豆の大島から三浦三崎の間にかけ、棲んでゐるといふ。こんな大物ぢや、到底人間の相手になる代物でない。矢でも鉄砲でも持つて来いといふ皮を持つてゐるのだから、これと喧嘩しちや負けるにきまつてゐる。



 鴨居の港外の、カヤマ根(釣場)の近所には海の神様がゐる。大亀だ。畳八畳敷はあるだらうといふ。北西の風が相模灘の方から吹いて来て、波の頭が白く立騒ぐと、この大亀は、海上に大きな背を出して悠々と泳ぎ廻るのである。尻の方に緑色の海藻がついて簑のやう…

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