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研堂釣規
けんどうちょうき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「集成 日本の釣り文学 第一巻 釣りひと筋」 作品社
1995(平成7)年6月30日
入力者門田裕志
校正者土屋隆
公開 / 更新2006-12-04 / 2014-09-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 人は、遊ばんが為めに職業に勉むるに非ず、職業に勉めしが為めに遊ぶなり。釣遊に、前後軽重の分別有るを要す。
日曜一日の休暇は、其の前六日間職業に勉めし賞与にして、其の後六日間の予備に非ず。若し、未だ勤苦せざるに、先づ休養を名として釣遊に耽らば、身を誤り家を破るの基、酒色の害と何ぞ択ばん。

 単に、魚のみを多く獲んことを望むべからず、興趣多きを望むべし。
釣遊の目的は、素より魚を獲るにあれども、真の目的物は、魚其の物に非ずして、之を釣る興趣にあり。故に、風候水色の好適なる裡に、細緡香餌を良竿に垂れ、理想の釣法を試むことを得ば、目的こゝに達したるなり。魚の多少と大小は、また何ぞ問ふを須ひん。

 釣遊は、養神摂生の為めのみ。養神摂生に害あるは釣遊の道に非ず。
不快の言を聴き、不快の物を見れば、神を害し、険を冒し危を踏めば、生を害す。異臭ある地に釣り、汚池に釣り、禁池に釣り、鈎さきを争ひて釣り、天候を知らずして海上に釣り、秋の夜露に打たれて船に釣り、夏の午日に射られて岡に釣り、早緒朽ちたる櫓を執り、釘弛みたる老船に乗りて釣る如きは、総て釣遊の道に非ず。

 金銭にけちなる釣遊は、却て不廉なる釣遊なり。
僅々一二銭の餌を買へば、終日岡釣して楽むべく、毎日出遊するも、百回一二円の出費に過ぎず、これ程至廉の遊楽天下に無しと言ふ者あり。されども、これ愚人の計算にて、家業を荒廃し、堕落を勧むる魔言と謂ふべし。吾輩の惜む所は、餌代船賃に非ずして、職業を忘るゝ損害の大なるにあり。たとひ、一回の出遊に一二円を費すとも、度数を節して遊ぶべき日にのみ遊ぶ時は、其の暢情快心の量却ツて大きく、費す所は至ツて小なり。至廉とは、彼に当つべき価に非ずして、此に当つべき価なり。

 十分確信したる釣日和に非ざれば、出遊せず。
水色なり、風向なり、気温なり、気圧なり、総て想ふ所に適ひ、必勝疑はざる日には、宵立して数里の遠きに遊ぶも好し。それにてさへ、まゝ想はざる悪水悪天候に遭ひ、失敗すること少からず。况して初めより、如何あらんと疑弐する日に出でゝ、興趣を感ずべき筈なし、徒に時間と金銭を費すに過ぎず。如かず十全の日を待ちて、遺憾無く興趣を釣り、悠々塵外の人となりて、神を養ひ身を休め、延年益寿の真訣を得んには。



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