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松島に於て芭蕉翁を読む
まつしまにおいてばしょうおうをよむ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」 筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日
初出「女學雜誌 三一四號」女學雜誌社、1892(明治25)年4月23日
入力者kamille
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2008-02-11 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 余が松島に入りたるは、四月十日の夜なりき。「奥の細道」に記する所を見れば松尾桃青翁が松島に入りたる、明治と元禄との差別こそあれ、同じく四月十日の午の刻近くなりしとなり。余が此の北奥の洞庭西湖に軽鞋を踏入れし時は、風すさび樹鳴り物凄き心地せられて、仲々に外面に出でゝ島の夜景を眺むべき様もなかりき。然れどもわれ既に扶桑衆美の勝地にあり。わが遊魂いかでか飄乎としてそゝり出で、以て霊境の美神と相通化せざるを得んや。
 寝床われを呑み、睡眠われを無何有郷に抱き去らんとす。然れ雖われは生命ある霊景と相契和しつゝあるなり。枕頭の燈火、誰が為に広室を守るぞ。憫むべし、燈火は客を守るべき職に忠信にして、客は臥中にあれども既に無きを知らざるなり。燈火よ、客の魂は魄となりしかならざるか、飛遊して室中には留らず、女何すれぞ守るべき客ありと想ふや。
 明また滅。滅又明。此際燈火はわれを愚弄する者の如し。燈火われを愚弄するか、われ燈火を愚弄するか。人生われを愚弄するか、われ人生を愚弄するか。自然われを欺くか、われ自然を欺くか。美術われを眩するか、われ美術を眩するか。韻。美。是等の者われを毒するか、われ是等の者を毒するか。詩。文。是等の者果して魔か、是等の者果して実か。
 燈火再び晃々たり。われ之を悪くむ。内界の紛擾せる時に、われは寧ろ外界の諸識別を遠けて、暗黒と寂寞とを迎ふるの念あり。内界に鑿入する事深くして、外界の地層を没却するは自然なり。内界は悲恋を醸すの塲なる事を知りながら、われは其悲恋に近より、其悲恋に刺されん事を楽しむ心あるを奈何せむ。手を伸べて燈を揺き消せば、今までは松の軒に佇み居たる小鬼大鬼共哄々と笑ひ興じて、わが広間を填むる迄に入り来れり。而してわれは一々彼等を迎接せざりしかども、半醒半睡の間に彼儕の相貌の梗概を認識せり。
 小鬼大鬼われを囲めり。然れども彼等は悉く暴戻悪逆なる者のみにあらず。悉く兇横なる暴威を逞うする者のみならず。中にはわが枕頭に来つて幼稚なる遊戯をなしつ禧笑する者もあるなり。何となく心重くなりたれば夜具の袖を挙げて一たび払ふに、大鬼小鬼其影を留めず消え失せぬ。少時にして喧笑放語傍若無人なる事、前の如し。余りにうるさくなりたれば枕を蹴つて立上り、一隅の円柱に倚つて無言するに、大小の鬼儕再び来らず。静かに思へば、鬼の形しけるは我身を纏ふ百八煩悩の現躰なりける。
 静坐稍久し、無言の妙漸く熟す。暗寂の好味将に佳境に進まんとする時、破笠弊衣の一老叟わが前に顕はれぬ。われ依ほ無言なり。彼も唇を結びて物言はず。
 彼は無言にして我が前を過ぎぬ。暫らくして其形影を見失ひぬ。彼は無言にして来り、無言にして去れり。然はあれども彼の無言こそは、我に対して絶高の雄弁なりしなれ。知る人は知らむ、桃青翁松島に遊びて句を成さずして西帰せしを。而して我を蓋ひし暗の幕は、我をして…

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