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虔十公園林
けんじゅうこうえんりん
作品ID46601
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「新編風の又三郎」 新潮文庫、新潮社
1989(平成元)年2月25日
入力者蒋龍
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-11-20 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 虔十はいつも縄の帯をしめてわらって杜の中や畑の間をゆっくりあるいているのでした。
 雨の中の青い藪を見てはよろこんで目をパチパチさせ青ぞらをどこまでも翔けて行く鷹を見付けてははねあがって手をたたいてみんなに知らせました。
 けれどもあんまり子供らが虔十をばかにして笑うものですから虔十はだんだん笑わないふりをするようになりました。
 風がどうと吹いてぶなの葉がチラチラ光るときなどは虔十はもううれしくてうれしくてひとりでに笑えて仕方ないのを、無理やり大きく口をあき、はあはあ息だけついてごまかしながらいつまでもいつまでもそのぶなの木を見上げて立っているのでした。
 時にはその大きくあいた口の横わきをさも痒いようなふりをして指でこすりながらはあはあ息だけで笑いました。
 なるほど遠くから見ると虔十は口の横わきを掻いているか或いは欠伸でもしているかのように見えましたが近くではもちろん笑っている息の音も聞えましたし唇がピクピク動いているのもわかりましたから子供らはやっぱりそれもばかにして笑いました。
 おっかさんに云いつけられると虔十は水を五百杯でも汲みました。一日一杯畑の草もとりました。けれども虔十のおっかさんもおとうさんも仲々そんなことを虔十に云いつけようとはしませんでした。
 さて、虔十の家のうしろに丁度大きな運動場ぐらいの野原がまだ畑にならないで残っていました。
 ある年、山がまだ雪でまっ白く野原には新らしい草も芽を出さない時、虔十はいきなり田打ちをしていた家の人達の前に走って来て云いました。
「お母、おらさ杉苗七百本、買って呉ろ。」
 虔十のおっかさんはきらきらの三本鍬を動かすのをやめてじっと虔十の顔を見て云いました。
「杉苗七百ど、どごさ植ぇらぃ。」
「家のうしろの野原さ。」
 そのとき虔十の兄さんが云いました。
「虔十、あそごは杉植ぇでも成長らなぃ処だ。それより少し田でも打って助けろ。」
 虔十はきまり悪そうにもじもじして下を向いてしまいました。
 すると虔十のお父さんが向うで汗を拭きながらからだを延ばして
「買ってやれ、買ってやれ。虔十ぁ今まで何一つだて頼んだごとぁ無ぃがったもの。買ってやれ。」と云いましたので虔十のお母さんも安心したように笑いました。
 虔十はまるでよろこんですぐにまっすぐに家の方へ走りました。
 そして納屋から唐鍬を持ち出してぽくりぽくりと芝を起して杉苗を植える穴を掘りはじめました。
 虔十の兄さんがあとを追って来てそれを見て云いました。
「虔十、杉ぁ植える時、掘らなぃばわがなぃんだじゃ。明日まで待て。おれ、苗買って来てやるがら。」
 虔十はきまり悪そうに鍬を置きました。
 次の日、空はよく晴れて山の雪はまっ白に光りひばりは高く高くのぼってチーチクチーチクやりました。そして虔十はまるでこらえ切れないようににこにこ笑って兄さんに教えら…

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