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十月の末
じゅうがつのすえ
作品ID46602
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「新編風の又三郎」 新潮文庫、新潮社
1989(平成元)年2月25日
入力者蒋龍
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-08-03 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 嘉ッコは、小さなわらじをはいて、赤いげんこを二つ顔の前にそろえて、ふっふっと息をふきかけながら、土間から外へ飛び出しました。外はつめたくて明るくて、そしてしんとしています。
 嘉ッコのお母さんは、大きなけらを着て、縄を肩にかけて、そのあとから出て来ました。
「母、昨夜、土ぁ、凍みだじゃぃ。」嘉ッコはしめった黒い地面を、ばたばた踏みながら云いました。
「うん、霜ぁ降ったのさ。今日は畑ぁ、土ぁぐじゃぐじゃづがべもや。」と嘉ッコのお母さんは、半分ひとりごとのように答えました。
 嘉ッコのおばあさんが、やっぱりけらを着て、すっかり支度をして、家の中から出て来ました。
 そして一寸手をかざして、明るい空を見まわしながらつぶやきました。
「爺※[#小書き平仮名ん、145-13]ごぁ、今朝も戻て来なぃがべが。家でぁこったに忙がしでば。」
「爺※[#小書き平仮名ん、145-14]ごぁ、今朝も戻て来なぃがべが。」嘉ッコがいきなり叫びました。
 おばあさんはわらいました。
「うん。けづな爺※[#小書き平仮名ん、146-1]ごだもな。酔たぐれでばがり居で、一向仕事助けるもさないで。今日も町で飲んでらべぁな。うなは爺※[#小書き平仮名ん、146-2]ごに肖るやなぃじゃぃ。」
「ダゴダア、ダゴダア、ダゴダア。」嘉ッコはもう走って垣の出口の柳の木を見ていました。
 それはツンツン、ツンツンと鳴いて、枝中はねあるく小さなみそさざいで一杯でした。
 実に柳は、今はその細長い葉をすっかり落して、冷たい風にほんのすこしゆれ、そのてっぺんの青ぞらには、町のお祭りの晩の電気菓子のような白い雲が、静に翔けているのでした。
「ツツンツツン、チ、チ、ツン、ツン。」
 みそさざいどもは、とんだりはねたり、柳の木のなかで、じつにおもしろそうにやっています。柳の木のなかというわけは、葉の落ちてカラッとなった柳の木の外側には、すっかりガラスが張ってあるような気がするのです。それですから、嘉ッコはますます大よろこびです。
 けれどもとうとう、そのすきとおるガラス函もこわれました。それはお母さんやおばあさんがこっちへ来ましたので、嘉ッコが「ダア。」といいながら、両手をあげたものですから、小さなみそさざいどもは、みんなまるでまん円になって、ぼろんと飛んでしまったのです。
 さてみそさざいも飛びましたし、嘉ッコは走って街道に出ました。
 電信ばしらが、
「ゴーゴー、ガーガー、キイミイガアアヨオワア、ゴゴー、ゴゴー、ゴゴー。」とうなっています。
 嘉ッコは街道のまん中に小さな腕を組んで立ちながら、松並木のあっちこっちをよくよく眺めましたが、松の葉がパサパサ続くばかり、そのほかにはずうっとはずれのはずれの方に、白い牛のようなものが頭だか足だか一寸出しているだけです。嘉ッコは街道を横ぎって、山の畑の方へ走りました。お母さん…

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