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馬上三日の記
ばじょうみっかのき
副題エルサレムよりナザレへ
エルサレムよりナザレへ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻21 巡礼」 作品社
1992(平成4)年11月25日
入力者斎藤由布子
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-02-08 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    車上

 六月四日、エルサレムを立ち、サマリヤを経てガリラヤに赴かんとす。十字架よりナザレの大工場へ、即ち四福音を逆に読むなり。
 エル・ビレエにてエルサレムに最後の告別をなし、馬車はいよ/\北へ走る。車中には案内者一名載せたり。名はフィリップ・ジヤルルック三十八九、シリヤ人にしてクリスチアンなり。此馬車道は、八年以前独逸皇帝が土耳其領内遊歴の折修繕したるものとか。独帝の漫遊以来パレスタインに於ける独逸人の活動著しく、到る処のホテルの如きも独逸人の経営に係るもの多し。
 アブラハムが天幕を張りしベテルの跡なるべしと云ふ所をはじめとして、道の左右は遠き山の側、近き谷の隈、到る処に旧約の古蹟と十字軍時代の建物の名残あり。岩の山、畑なくして唯処々に橄欖林或は稀に葡萄畑を見る。馬車とまりし或小屋にては、白き桑実を売れり。白、紫両種あり、皆果実の為に植うるなり。ダマスコ附近には養蚕用の桑畑ありと云ふ。やがて強盗谷、強盗泉あり。岩壁の下、草地数弓、荷を卸して駱駝臥し、人憩ふ。我儕の馬も水のみて行く。やがてまた十数頭の駱駝鈴を鳴らし驢馬の人これを駆り来るを見る。荷は皆杏。
 昔のサマリヤ境に近きシンジルの村はづれにて、路傍橄欖樹下に三頭の馬を繋いで昼寝する男あり。ジヤルルック君車上より声かけしが、寤めず。車を下りて呼びさまし来る。此は夜をこめてエルサレムより余等の乗る可き馬を牽き来り此処に待てる馬士イブラヒム君とて矢張シリヤ人なり。やがて道は急坂の上に尽く。此あたりやゝ快濶たる山坡の上、遠くヘルモン山の片影を見得べしと云ふ。今日は空少し夏霞して見えず、余等はこゝにて馬車を下る。エルサレムより約八里。

    馬上

 急坂を下りて、旅亭の址あり、側に泉湧く。ガリラヤよりエルサレムに行くユダヤ人の男女、および駱駝ひき、羊かひなど大勢憩ふ。余等も無花果の蔭を求めて、昼食す。
 やゝありて馬に上る。余は白馬、栗毛はジヤルルック君、イブラヒム君は余が荷物を駄せし黒に跨る。おとなしき馬をと特に頼み置きたる甲斐には、余の馬は極めて柔順なれど、極めて足遅く、しばしば道草を食ふ。イブラヒム君うしろより余の馬の尻をたゝく。駭きて突然駈け出し、余は殆んど落ちむとして馬の首を抱くものいくたび。パレスタイン六月の日は容赦なく頭上より照りつけ、古鞍に尻いたく、岩山の上り下り頗る困憊を極む。旅杖一つ、鞋に岩角を踏み小石を踏みて汗になりつゝ、徒歩し玉ひし師の昔を思ふ。タオルもてヘルメツト帽の上より頬かむりし、旅袋より毛布取出して鞍上に敷きて、また行く。岩間に錦糸撫子などの咲けるを見る。
 岩山幾つか越えて、また馬車も通ひ得べき谷の道に出づ。山、東西に低き屏風を開き、南北に細長き谷間は麦熟して黄河の流るゝが如し。已にサマリヤの境に入れるなり。

    ヤコブの井

 狭き谷の麦圃に沿ひ、北行…

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