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茶話
ちゃばなし
作品ID46615
副題02 大正五(一九一六)年
02 たいしょうご(せんきゅうひゃくじゅうろく)ねん
著者薄田 泣菫
文字遣い新字旧仮名
底本 「完本 茶話 上」 冨山房百科文庫、冨山房
1983(昭和58)年11月25日
初出「大阪毎日新聞」1916(大正5)年4月12日~12月22日
入力者kompass
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2013-06-15 / 2014-09-16
長さの目安約 300 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

風ぐすり
4・12(夕)

 蚯蚓が風邪の妙薬だといひ出してから、彼方此方の垣根や塀外を穿くり荒すのを職業にする人達が出来て来た。郊外生活の地続き、猫の額ほどな空地に十歩の春を娯まうとする花いぢりも、かういふ輩に遭つては何も角も滅茶苦茶に荒されてしまふ。
 箏曲家の鈴木鼓村氏は巨大胃を有つた男として聞えてゐる人だが、氏は風邪にかゝると、五合飯と味噌汁をバケツに一杯食べて、それから平素余り好かない煙草を暴に吸ふのださうな。「さうすると身体ぢゆうの何処にも風邪の匿れる場所が無くなつてしまふ。」と言つてゐる。
 昆虫学者として名高い、それがためにノオベル賞金をも貰つた仏蘭西のアンリ・フアブル先生は、いつも風邪をひくと、自分の頭を灰のなかに突込むといふ事だ。すると一頻り咳が出て風邪はけろりと癒つてしまふ。
「随分荒療治ですな。」
と或人がいふと、フアブル先生済ましたもので、
「何でもありません。一寸風邪のお葬式をやつたのです。」


料理人の泣言
4・13(夕)

 大隈伯の台所に長く働いてゐる或る料理人の話によると、伯爵家の台所はかなり贅沢なものだが、それとは打つて変つて伯自身のお膳立は伯爵夫人のお心添で滋養本位の柔い物づくめなので頓と腕の見せどころが無いさうだ。また味加減をつけるにも、例の口喧しい伯の事とて他一倍講釈はするが、舌は正直なもので、何でも鹹つぱくさへして置けば恐悦して舌鼓を打つてゐるといふ事だ。
 この料理人の言葉によると、「伯の腰巾着で仕合せなのは武富や尾崎や高田で、それぞれ大臣の椅子に日向ぼつこをしてゐるが、自分一人は折角の腕を持ちながら一向主人に味はつて貰へない」のださうだ。
 以前仏蘭西の大統領官舎でフエリツクス・フオウルからルウベエ、フワリエエルと三代の大統領に料理番を勤めた男があつて、ある時こんな事を言つてゐた。
「フオウルは仲々の料理通で牡蠣や蟹が大の好物で葡萄酒も本場の飛切りといふ奴しか口にしなかつた。ルウベエは南仏蘭西の田舎生れだが、それでもお国料理の魚羹のやうな物は滅多に命令けた事は無かつたし、美味いものを拵へると相応に味はつて呉れたものだ。ところがフワリエエルと来てはお話にも何にもなつたものでは無い。何もかも油でいためて、加之に葱を添へて置かなくつちや承知しないんだからな。こんな男にいつ迄ついて居るでもあるまいと思つて、体よく此方からお暇を貰つて来た。」
 これで見ると、腕のある料理番は、忘れても田舎者の大統領や総理大臣の台所には住み込まない事だ。料理が味はつて貰へない上に、事によると給金までも安いかも知れない。


ゴリキイ危篤
4・14(夕)

 ゴリキイが肺炎で危篤だといふ事だ。戦争が始まつてから、ある新聞の特派通信員となつて、戦地に出掛けてゐたから、風邪でも引き込んだのが、肺炎に変つたらしい。
「お腹の空いてゐる人間の魂…

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