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茶話
ちゃばなし
作品ID46616
副題03 大正六(一九一七)年
03 たいしょうろく(せんきゅうひゃくじゅうしち)ねん
著者薄田 泣菫
文字遣い新字旧仮名
底本 「完本 茶話 上」 冨山房百科文庫、冨山房
1983(昭和58)年11月25日
「完本 茶話 中」 冨山房百科文庫、冨山房
1983(昭和58)年11月25日
初出「大阪毎日新聞」1917(大正6)年1月7日~12月17日
入力者kompass
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2014-07-15 / 2014-09-16
長さの目安約 335 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

木堂と剣
1・7(夕)

 犬養木堂の刀剣談は本紙に載つてゐる通り、なかなか通なものだが、その犬養氏を頭に戴いてゐる国民党が鈍刀揃ひの、加之に人少なであるのに比べて、犬養氏が秘蔵の刀剣は、いづれも名剣づくめで、数もなかなか少くなかつた。
 そんな名剣も貧乏神だけは何うにも出来ないものと見えて、犬養氏は最近和田維四郎氏の取持で、所蔵の刀剣全部を根こそぎ久原家へ売渡す事に定めた。それと聞いた犬養夫人が眼頭に涙を一杯溜めて、
「三十年もかゝつて漸と溜めたんですもの、私には子供のやうにしか思へません。せめて一本でも残して置きたいもんですね。」
と言ふと、犬養氏は狼のやうな頭を厳く掉つた。
「私が一本でも残してみなさい。世間の人達は、犬養め一番好いのだけ一本引つこ抜いて置いた。狡い奴だと噂をするだらうて。」
と、てんで相手にしなかつた。
 刀剣はその儘引つ括めて久原家の土蔵に持込まれたが、流石に三十年の間朝夕手馴れたものだけに、犬養氏も時々は思ひ出してついほろりとする。国民党の脱会者だつたら、思ひ出す度に、持前の唐辛のやうな皮肉を浴びせ掛けるのだが、相手が刀剣であつてはさうも出来ない。
 それ以来犬養氏は、刀剣が恋しくなると、手近の押形を取り出してそれを見る事に極めてゐる。
「で、かうして毎日のやうに押形を取出してる始末なんだ。そこでこの頃は画剣斎と名乗つてゐるんだが、もしかこの押形まで手離さなくつちやならない時が来たら、その折はまあ夢剣庵とでも名乗るかな。」
と、葱のやうに寒い歯齦を出して笑つてゐる。画剣斎も、夢剣庵もまんざら悪くは無いが、もつと善いのは寧そ剣の事なぞ忘れてしまふのだ。そして剣の代りに生きた人間を可愛がる事を心掛けるのだ。


山葵
1・8(夕)

 洋画家の岡野栄氏が学習院の同僚松本愛重博士などと一緒に房州に往つたことがあつた。亜米利加の女が巴里を天国だと思つてゐるやうに、東京の画家や文学者は、天国は房州にあるとでも思つてゐると見えて暇と金さへあれば直ぐに房州へ出かける。
 岡野氏はその前房州へ往つた折、うまい松魚を食はされたが、生憎山葵が無くて困つた事を思ひ出して、出がけに出入の八百屋から山葵をしこたま取寄せる事を忘れなかつた。
「那地へ着いたら松魚のうまいのを鱈腹食はせるぞ。」
 岡野氏は山葵の風呂敷包を叩き/\かう言つて自慢さうに笑つたものだ。
 その日勝浦に着くが早いか、亭主を呼び出して直ぐ、
「松魚を。」
と言つたが、亭主は閾際にかいつくばつて、
「折角ですが、もう一週間ばかしも不漁続きだもんで。」
と胡麻塩頭を掻いた。
 岡野氏等は房州のやうな天国に松魚の捕れない法はない筈だと、ぶつ/\呟きながら次の天津をさして発つた。だが、悪い時には悪いもので、海は華族学校の先生達に当てつけたやうに、松魚といつては一尾も網に上せなかつた。
「去年山村…

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