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茶話
ちゃばなし
作品ID46617
副題04 大正七(一九一八)年
04 たいしょうしち(せんきゅうひゃくじゅうはち)ねん
著者薄田 泣菫
文字遣い新字旧仮名
底本 「完本 茶話 中」 冨山房百科文庫、冨山房
1983(昭和58)年11月25日
初出「大阪毎日新聞 夕刊」1918(大正7)年2月16日~12月20日
入力者kompass
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2014-07-21 / 2014-09-16
長さの目安約 319 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

栃木の横綱
2・16(夕)

 栃木山の横綱初土俵入が、常陸山会の主催で、十四日午後二時から出羽海部屋で行はれた事は昨日の新聞に詳しく載つてゐた。
 幾年かむかし、栃木山と一緒に附出しとなつて初めて土俵の砂を踏んだ力士が十幾人かある。そのなかで、づば抜けて出世をしたのが栃木山で、それに次いでは東の幕下十枚目に羽州山がゐる。
 栃木山が幕下から初めて幕内へ飛び上つて来た時、彼は贔屓客に貰つた御祝儀のなかから幾らかを無雑作に包んで羽州山の前に出した。
「ほんの僅だが、こゝに三十円ばかしあるから以前の朋輩衆と何処かで一口やつて呉れないか、俺がこんな出世をしたのも、つまりみんなのお蔭だからな。」
 羽州山は蟹のやうに顔をしかめて泣出しさうになつた。
「有り難う、それぢや遠慮なく貰つて一杯遣るよ。俺達も君にあやかりたいからな。」
 羽州山は砂のへばり着いた掌面に三十円を鷲掴みにして、急いで控部屋に帰つて往つた。鷲掴みにしたのに何の不思議があらう、勝負附の星は一度取逃がしても、また取返す時機があるが、褌担ぎの身には三十円は一度取落したが最期、二度とめぐり会ふ折があらうとも思はれなかつた。
 栃木山はその後鰻上りに三役に入つた。そしてその時も羽州山を呼んで、懐中から紙包みを取り出した。
「俺もお蔭で三役に入つたよ。こゝに五十円ばかしあるから、以前の朋輩衆と何処かで一杯やつて呉れないか、ほんの心祝ひだからな。」
 羽州山はまた泣き出しさうな顔をして、その金包を受取つた。そして栃木の出世にあやかるやうにと言つて、鱈腹飲んだり、食つたりした。実をいふと、人間といふものは胃の腑が充満くならないと、滅多に他の事まで喜ばうとしないものだ。皆は蛙のやうに膨らまつた腹を抱へて、栃木の前途を祝福した。
 お蔭で栃木は今度いよ/\横綱を張る事になつた。羽州山の大きな掌面には、また新しい紙包みが載つかつた。
「さあ、また一杯飲めるぞ、初めの時には馬を食つた。二度目には牛を食つた。今度は何にするかな。」
 羽州山は空つぽの頭を抱へ込んでゐる。考へ込むまでもない、人を食ふ事さ、相撲に勝たうとするには、先づ相手を食つてかゝらなければならぬ。


演題と五十仙
2・18(夕)

 政治家ブライアン氏が先日米国南部のある市へ講演に出掛けた事があつた。ブライアン氏は名高い雄弁家だが、さうかといつて、余り褒め過ぎる事だけは控へて置きたい、何故といつて、私はブライアン氏に劣らぬ雄弁家を今一人知つてゐるから。それは蘆屋にゐる谷本富博士の事で、鸚鵡とカナリヤとが同じお喋舌である場合、私達は大抵柄の小さいカナリヤに味方をしなければならぬ義理合になつてゐる。
 汽車がその市へ着くと、ブライアン氏は幾年か前に自分がそこへ来て、講演をした事があるのを懐ひ出した。
「どんな講演をしたつけか。想ひ出したいもんだな。」
 この…

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