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平賀源内捕物帳
ひらがげんないとりものちょう
副題長崎ものがたり
ながさきものがたり
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本探偵小説全集8 久生十蘭集」 創元推理文庫、東京創元社
1986(昭和61)年10月31日
入力者川山隆
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-01-22 / 2014-09-21
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

          朱房銀[#挿絵]の匕首

 源内先生は旅姿である。
 旅支度と言っても、しゃらくな先生のことだから道中合羽に三度笠などという物々しいことにはならない。薄茶紬の道行に短い道中差、絹の股引に結付草履という、まるで摘草にでも行くような手軽ないでたち。茶筅の先を妙にへし折って、儒者ともつかず俳諧師ともつかぬ奇妙な髪。知らぬ人が見たら医者が失敗って夜逃をする途中だと思うかも知れない。
 源内先生は高端折り。紺の絹パッチをニュッと二本突ン出し、笠は着ず、手拭を米屋かぶりにして、余り利口には見えないトホンとした顔で四辺の景色を眺めながらノソノソと歩いて行かれる。雨でも降ったらどうするつもりだろう、それが心配である。
 尤も、先生一人ではない。僕を伴に連れている。
 先生は世話好きとでもいうのか、親に棄てられた寄辺のない子供や、身寄のない気の毒な老人を、眼につき次第誰彼かまわず世話をする。福介もその一人で、今から五年前、出羽の秋田から江戸へ出て来て、倚るつもりの忰や娘に先立たれ、知らぬ他国で如何しようもなくなって、下谷の御門前で行倒れになりかけているのを気の毒に思って連れ帰って下僕にした。この世の実直を一人占めしたような老僕の福介。こちらは足拵もまめまめしく、大きな荷を振分にして、如何にも晴れがましそうに、また愉しげにイソイソと先生の後に引添って来る。
 竹藪続きの山科街道。
 竹藪の向うの農家からときどき長閑な[#挿絵]の声が聞える。
 江戸を七月二十日に発ち、先年江戸へ上るとき世話になった駿河本町二丁目、旅籠屋菱屋与右衛門方へ先度の礼かたがた三日程泊り、八月二十四日に京都へ着いて山科の三井八郎右衛門の四季庵でまた三日ばかり、引止められるのを振切ってこれから大阪へ下ろうという都合。
 大阪には、先年長逗留の間、先生の創見にかかわる太白砂糖の製法を伝授して大いに徳とされ、富裕・物持の商人に数々の昵懇がある。
 先生が江戸へ発とうとする時、生涯衣食のご心配はかけませんからどうぞ大阪にお止まりを、と言って皆々袖を引止めた程だったから、今度また先生が大阪へ下ったと知ったら、誰も彼もと押寄せて下にも置かぬ款待をするにちがいない。先生にしたってそれは嬉しくない筈はないので、本来ならばもう少し浮々してもよかるべきところを、見受けるところ先生の面には一抹の憂色があって、トホンとした中にも何処か屈託あり気な様子が見える。
 源内先生の憂悶の種はこんなことだった。
 宝暦二年、二十一歳で長崎に勉強をしに行った時、長々寄泊して親よりましな親身な世話を受けた本籠町海産問屋、長崎屋藤十郎の妹娘の鳥というのが、江戸日本橋小網町の廻船問屋港屋太蔵方へ嫁に来ていて、夫婦仲もたいへんに睦ましかったのだが、このお盆の十五日、ひわという下女を連れて永代へ川施餓鬼に行った帰途、長崎で世話にな…

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