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歴史的探偵小説の興味
れきしてきたんていしょうせつのきょうみ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「探偵クラブ 人工心臓」 国書刊行会
1994(平成6)年9月20日
初出「新青年」博文館、1925(大正14)年新春増刊号
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2007-10-28 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 森下雨村氏から歴史的探偵小説に就て何か書かないかといわれて、はい、よろしいと易受合いをしたものの、さて書こうと思うと何にも書けない。これが犯罪学に関したことなら、参考書と首っ引きで、相当に御茶を濁すことが出来るが、歴史的探偵小説を研究した参考書などは一冊もなく、ただもう自分の読んだ(それも多くは遠い過去に読んだ)少数の作品に就てのぼんやりした感じより浮ばないのであるからほとほと閉口してしまった。私の大好きなオルチー夫人に就ては馬場氏が御書きになるというのであるから、いよいよ以て書くことがなくなってしまう。私の頭の中の歴史的探偵小説に関するライブラリーからオルチー夫人の作品を取り除いたならば、丁度、むかし基督教徒に掠奪されたアレキサンドリアの図書館のようにがら明きになってしまうからである。サバチニなどの歴史的探偵小説や、ドイルのある作品など面白いには面白いが、どうもオルチー夫人ほどの興味が私には湧かぬ。もう少し、誰か、読みごたえのある歴史的探偵小説を書いてくれたら、こうもこの文を書くに困るまいが、こればかりは考古学者のように墓穴を掘ってさがす訳にいかぬから始末におえぬ。
 が、こんなことを書いていては、書く私の困惑よりも、読者の御迷惑の方が遙かに大きいと思うから、これから歴史的探偵小説の興味というようなことに就て、思ったままを述べて見たいと思う。
 歴史的探偵小説に限らず、上手に書かれた歴史小説は、とにかく、読んで面白いものである。事件の推移の有様よりも、その事件の行われている背景がいうにいえぬ楽しい気分を醸してくれるものである。白日に照された景色よりも月光に照されてぼんやりしている景色の方が、何とのう、神秘的な、怪奇的な奥床しい気分をそそると同じように、過去の時代即ち想像によってしか思い浮べることの出来ぬ時代もそれと同じような気分を湧かすからである。
 岡本綺堂氏の「半七捕物帳」は私の大好きな歴史的探偵小説の一つであるが、事件そのものよりも、舞台が江戸であるということにいうにいえぬ嬉しさを覚える。綺堂氏自身もやはり「半七聞書帳」に於て、江戸の俤をうつすに苦心しておられるようである。歴史的でない普通の探偵小説でも、英米の作品には、よく東洋例えば、ペルシャ、インド、支那、或はまたエジプトなどを舞台として書かれているのが少くないのは、つまり、ヴェールを通して物を眺めるような、或は股のぞきをして景色を見るような一種の言い難い美感を読者に与えることが出来るからであろう。サバチニはよく西班牙あたりを舞台にして探偵小説を書くが、イギリス、フランス、アメリカなどの事情に比較的馴れている私たちは(少くとも私自身は)あまりよく事情を知らない西班牙が背景となっていることにアットラクトされる。サクス・ローマーの探偵小説なども、主としてこの点をねらい所としているようである。
 こと…

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