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ざんげの塔
ざんげのとう
作品ID46696
著者夢野 久作
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集7」 三一書房
1970(昭和45)年1月31日
初出「探偵趣味」1927(昭和2)年6月
入力者川山隆
校正者土屋隆
公開 / 更新2007-08-20 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「女を見て美しいと思うものは、罪を犯した者だ」という基督の眼から見れば、たいていの人間は犯罪者……だと思う。それかといって懲役に行くような犯罪をここに発表するわけにも行かぬ……たとえあるにしてでもである。もし又ないのに発見したら、それこそ犯罪であろう。だから「私の犯罪」の告白はその中間程度の生ぬるいところで勘弁していただかねばならぬ。
 まず手軽いところから……。

 ショッチュウ東京福岡間を往復していた頃のこと。急行でも退屈してしようがないので、ポケットから小さな雑記帳を出して、眼の前の窓に頭をよせかけて居ねむりをしている、四十五、六の紳士の顔をスケッチしはじめた。中禿の頭の毛、ダダッ広い額、ゲジゲジ眉、尻下りになった眼、小さな耳、大きな鷲鼻、への字なりの口、軍艦のようなアゴと念入りに書き上げてパタリと雑記帳を伏せると、その人が大きな眼を開いて私を見た。ニヤリとして言った。
「出来ましたかね」

 私のおやじは、伜をカラカッて楽しむというわるい癖がある。それもかなり残忍な方法で……たとえば私はいろんな事の褒美や何かでおやじから金時計を四ツとプラチナの時計を二個貰っていたが、実物はまだ一度も手にしなかった。私はその数をチャンと記憶して遺恨骨髄に徹していた。
 そのうちに私のニッケル側が壊れたから、これ幸いとその時計を持って上京して、おやじに新しいのを買ってくれといったら、おやじは仔細らしく私のニッケル側をゆすぶって見たあげくケロリとして、
「使えるだけ修繕して使え」
 と言って知り合いの時計屋を教えた。私は煮えくりかえる程腹がたって、どうしてくれようかと思い思いその時計屋に行ったら、見知り越しの番頭が出て来て、
「いらっしゃいまし。旦那様のお時計はもう出来ております。玉が一つ割れておりましたので……お届けしようと存じておりましたところで……」
 と言ううちに大きなマホガニーの箱をだした。開いて見ると、おやじが虎の子のようにしているプラチナの時計で、太い鎖と虫眼鏡までついている。
 私はそれを持って九州へ逃げた。関門海峡を渡る時に、腹の中で赤い舌をペロリと出した。ところが福岡の棲家へ帰ると電報が来ている。
「プラチナトケイ。ケイサツモンダイニナリ。トリシラベウケタ。キサマニソウイナシトワカル。シキュウヘンソウシ。ソノムネデンウテ」
 私は青くなって、時計を貴重品扱いで返送した。眼のまわるほど料金を取られた。
 するとそれから二週間位に、鎖と磁石つきの金時計が一個、おやじの名前で送って来た。手紙か何か来るかしらんと待っていたが、何も来ない。
 その後上京して様子をきいて見たら、警察問題は嘘で、又おやじに一パイ喰わされていたことがわかった。金時計をタタキ返して遣ろうかと思ったが、考え直して止した。

 明治四十一年のこと、九段竹橋の近衛歩兵第一連隊第四中隊(特に明…

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