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呑仙士
ノンセンス
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集7」 三一書房
1970(昭和45)年1月31日
初出「モダン日本 6巻2号」1935(昭和10)年2月
入力者川山隆
校正者土屋隆
公開 / 更新2007-08-23 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 筆者は酒が一滴も飲めないのに、友達は皆酒豪ばかりと言っていい。しかも現代を超越した呑仙士ばかりで、奇抜、痛快の形容を絶した逸話をノベツに提供して、筆者の神経衰弱を吹き飛ばしてくれる。
 福岡の九州日報社という民政系の新聞社にいる頃、社員で酒を飲まないのは私一人であった。
 私と一緒に地方版の編集をやっていた松石という男は、月末近くなると、茶褐色に変色したカンカン帽を持って、一巡する。一銭入れる者もあれば、十銭入れるものも在る。運よく原川社長(旧民政系代議士)が来合わせると五十銭ぐらい入れて貰ったりして感激の涙に咽んで帰って来る。
 むろんその金で飲みに行くのだ。飲まないと頭が変テコになって仕事が続かないので、止むを得ない義金募集なのだそうだ。
 ある時、松石君、大枚三円なにがしを収穫したので、帰り途のウドン屋に寄って大いに飲んだ。傍で飲んでいたサラリーマン風の男と非常な親友になって、スッカリ肝胆照してしまった。将来、死生を共にしようと言う処まで高潮したので、とにかく今夜は俺の家に来いと言う事になって、グデングデンになっている奴を引っぱって帰ると、出迎えた細君に残りのバラ銭を一掴み投げ与えた。大至急に酒を命じて二階に上った。
 それから二階で又盛んに飲んで、歌って、死生の契りを固めているうちに、とうとう飲み潰れて二人ともグウグウ寝てしまった。
 あくる朝松石君が眼を醒ますと、傍に知らない男が寝ている。ハテ、何処の宿屋に泊ったのか知らん……と思って天井や床の間を見廻すと、たしかに自分の家である。
 松石君は仰天して二階から駈け降りた。台所で赤ん坊を背負って茶漬を喰っている細君を捕えて詰問した。
「二階の男はアリャ何だい」
 細君も仰天した。
「……まあ……アナタ御存じないの」
「知るもんか。あんな奴……」
「あら嫌だ。昨夜、貴方が親友親友って言って連れて来て、二階でお酒をお飲みになったじゃないの。そうして仲よく抱き合ってお寝みになったじゃないの」
「馬鹿言え。俺あ今朝初めて見たんだ」
 細君は青くなってしまった。
「まったく御存じないの」
「ウン。全く……」
 そんな問答をしているうちに、松石君はやっと昨夜の事を思い出したので、思わず頭を掻いて赤面したと言う。
「困るわねえ。貴方にも……まだ寝ているんでしょう」
「ウン。眼をウッスリと半分開いて、気持よさそうに口をアングリしていやがる」
「気色の悪い。早く起してお遣んなさいよ。モウ十時ですよ」
「イヤ。俺が起しに行っちゃ工合が悪い。お前、起して来い」
「嫌ですよ。馬鹿馬鹿しい」
「でもあいつが起きなきゃあ、俺が二階へ上る事が出来ない。洋服も煙草も二階へ置いて来ちゃったんだ」
「困るわねえ」
「弱ったなア」
 そのうちに二階の男が起きたらしくゴトゴトと物音がし始めた。
 ……と思ううちに突然、百雷の落ちるような音…

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