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熊狩名人
くまがりめいじん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「『たぬき汁』以後」 つり人ノベルズ、つり人社
1993(平成5)年8月20日
入力者門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-01-15 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

  一

 先日、長野県下水内郡水内村森宮の原の雪野原で行なわれたラジオ映画社の「人食い熊」の野外撮影を見物に行ったとき、飯山線の森宮の原駅の旅館で、この地方きっての熊撃ちの名人に会った。そして僕は、この名人と一杯やりながら、吹雪の夜を語りあかした。
 この名人は、同県上高井郡仁礼村字米子の住人で、上原武知君と呼び、本年未だ四十五歳の壮者である。この野外撮影は、北海道から持ち来った羆と朝鮮牛とを格闘させて両者の猛撃振りを実演させるのであるから、万一羆が柵外へ跳り出して人に飛び掛からぬとも限らない。
 そこで映画会社では、この上原名人に出馬を乞い、万一の場合、一発のもとに羆を射殺して貰う手段を立てた。上原名人はこれを快諾して米子から森宮の原まで命と同じくらい大切な猛獣狩り用の鉄砲を肩にしてやってきたのである。
 上原君は、熊撃ちをはじめてから未だ僅かに七年しかたっていない。であるのに、去る二月二十七日までに四十四頭の月の輪熊を斃している。この地方の山村には、信州側にも越後側にも幾人もの熊撃ちがいる。ところが上原君は数年にして他を圧して一躍名人となってしまったのは、同君が豪胆にして射撃が正確、そして健脚であるからであった。
 この名人が縄張りとして跋渉している山は、上州と越後と信州の三国が境する白砂山からはじまり、西へ大高山、赤石山、横手山、渋峠、万座山、猫岳、四阿山、六里ヶ原などの深い渓谷と密林と懸崖であって、その健脚の歩く速さは熊よりも速いと称されるのであるから、この地方の熊共は上原君の体臭を嗅ぐと逸早くどこかへ姿を隠してしまうという。
 それでも上原君は、一度熊の臭いを鼻にするとそれを追って追って、追い抜くのである。
 だが上原君は獰猛な面構えは持っていない中肉中背で、愛嬌のある黒い丸い顔の持ち主、小さなくりくりした丸い眼がまことに可愛らしい。名人はぼつぼつと語りはじめた。
 昔は、槍で熊を突いたそうですが、私は槍を使ったことはありません。専ら筒の短い鉄砲を用いています。筒の短い鉄砲を選んだというのは、私は遠撃ちをしませんからで、また叢林や藪や[#挿絵]しい崖を這ったりするので、筒が長いと邪魔になるからです。
 遠撃ちでは、一発のもとに仕止めることは不可能です。ですから私は、熊を自分の近くへ引きつけるだけ引きつけて置いて、これを撃つのです。三尺から六尺ほどの間隔。熊の手が私のからだに届く一歩手前のところでぶっぱなすのが、最も正確で安全であると思います。
 しかし、熊撃ちをはじめた最初のころは、随分怖ろしくて、からだががたがたふるえたものです。そのため幾度が撃ち損じたものですが、この頃は度胸が据わったためか、撃ち損じということはありません。幸いのことに、今まで幾度か危険な場合に遭遇したこともありますが、一度も怪我したことがありません。これは私の身が軽く、咄嗟…

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