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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46761
副題52 皇居御造営の事、鏡縁、欄間を彫ったはなし
52 こうきょごぞうえいのこと、かがみぶち、らんまをほったはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-02-22 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 御徒町に転宅しまして病気も概かた癒りました。
 その時が明治二十年の秋……まだ本当に元の身体には復しませんが仕事には差し閊えのないほどになった。
 すると、その年の十二月、皇居御造営事務局から御用これあるにつき出頭すべしとの御差紙が参りました。何んの御用であるか、いずれ何かの御尋ねであろう、出て行けば分ろうと思って出頭しますと、皇居御造営について宮城内の御間の御装飾があるによってその御用を仰せつけられるということであったので、誠に身に取り名誉のことで、有難き仕合わせと謹んでお受けをして退出したことでありました。

 この皇居御造営の事は日本美術協会の方にも関係がある。協会の役員の一人である山高信離氏は御造営の事務局長でありました。氏は当時有数の博識家で、有職故実のことは申すまでもなく、一般美術のことに精通しておられ、自ら絵画をも描かれた位でありますから、建築内部の設計装飾等の万般について計画をしておられまして、各種にわたった技術家諸職工等を招きそれらの考えを聞き、自分の考えと参考斟酌して概略のところをまず決定されておられたようなことであった。それで氏は私のことをも美術協会の関係上多少知っておられ、私の技術をもお認めになっておったものか、氏のお考えによって私にも御用を仰せ附けられた次第であったことと思われます。
 宮城内の事は雲深く、その頃の私は拝観したことも御座いませんから分りもしませんが、その御化粧の御間に据えられる所の鏡の鏡縁の彫刻を仰せ附けられたようなわけでありました。
 鏡縁は大きなもので、長さ七尺、巾四尺位、縁の太さが五寸。その周囲一面に葡萄に栗鼠の模様を彫れということで御座いました。右の材料は花櫚で、随分これは堅くて彫りにくい木であります。早速お引き受けは致したが、何しろ押し詰まってのことでその年はどうにもならず、明けて明治二十一年、新春早々から取り掛かりました。普通、庶人の注文とは異なって、宮中の御用のことで、わけて御化粧の間の御用具の中でも御鏡は尊いもの、畏きあたりの御目にも留まることで、仕事の難易はとにかく事疎かに取り掛かるものでないから、斎戒沐浴をするというほどではなくとも身と心とを清浄にして早春の気持よい吉日を選んでその日から彫り初めました。
 木取りは御造営の方で出来ていて、材料はチャンと彫るばかりになって私の手へ廻されておりますので、こっちは鑿を下せば好いわけであります。そこで彫るものは葡萄に栗鼠というので、ざっとした下図も廻っている。まず、従来から誰でも知っている図案であるので、葡萄は分っている。栗鼠も分っているが、栗鼠は生物で、平生から心掛けて概略は知っているものであるが、いざ、これを手掛けるとなると、草卒には参らぬので、栗鼠を一匹鳥屋から買いまして家に飼うことにして、朝夕その動作を見るために箱の中に木の枝または車などを仕掛け…

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