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鯛と赤蛸
たいとあかだこ
作品ID46791
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「垢石釣り随筆」 つり人ノベルズ、つり人社
1992(平成4)年9月10日
初出「釣趣戯書」三省堂、1942(昭和17)年
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-06-30 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 瀬戸内海の鯛釣り漁師は、蛸の足を餌に使っている。
 これは、甚だ有効であるという話だ。しかし、東京湾口あたりの鯛が、果たして蛸の足の餌に食いつくかどうか疑問であるし、三浦半島の鴨居あたりの鯛釣り漁師に問うてみても、かつて蛸の足を餌に用いたことがないというから、私はかつて蛸の足を鯛釣りの餌に用いなかった。
 しかし、いつかこれを使ってみたいとは思っていた。ところで、数年前の初夏、上総竹岡の沖合へカズラ網の見物に行ったことがある。カズラ網というのは大仕掛けの鯛網のことで二、三百年前、紀州の漁師がこの東京湾へ持ちきたって、漁法を教えたのである。その網の権利が現在上総の湊と竹岡の間にある萩生村に渡っていて、そこの漁師が晩春から初夏へかけ、観音崎水道のあたりで、盛んに鯛を漁っているのである。
 網の形式について、ここに説く必要はない。とにかく大仕掛けの網であるから、一網曳くと五、六百匁から二貫目近い大鯛が五、六百貫も入ることがある。一漁期に五千貫乃至一万貫もの漁があって、網漁師は福々だが、これを見て一本鈎の鯛釣り漁師は、カズラ網を仇敵のように思うのだ。
 そのはずである。一本鈎の漁師は出来よくて一日に二、三枚の大鯛が釣れるのみだ。それも運に恵まれた日で、多くは空魚籠である。それに引きかえ、カズラ網の方は一曳きに五、六百貫の大鯛が入るのだから、一本鈎の漁師がカズラ網に釣り場を荒らされると思うのは当然だろう。
 私が見物に行ったときも、大鯛が網から溢れるほど入っていた。私は、七、八貫目のものを一尾買い求めた。その鯛は、湾内に居付きの、緋牡丹色した鱗光鮮やかなものではなかった。産卵のために外洋から、この湾内へ乗っ込んできたものらしく、くびと背の鱗に暗紫色の艶がういていた。
 釣った鯛と、カズラ網で捕った鯛と違うところは、尾である。釣った鯛は、くびから尾の先まで、どこにも傷がないけれど、カズラ網で捕った鯛は、尾の先がささらのように割れている。鯛は、網の片木縄に追われて逃げるとき尾端を岩根にすり当てるから、こう割れてしまうのである。こんなわけで、一本鈎で釣った鯛よりも、カズラ網で捕った大鯛の方が、三、四割方は安いのである。
 鯛を買うと、私はすぐ腹を割ってみた。それは、いまの鯛はなにを食っているかを見るためである。胃袋に一杯入っていた餌は、小型の蛸であった。飯蛸より少し大きなものだ。漁師は、これを赤蛸と称するのだと説明した。
 その後、私は手繰網で捕った赤蛸を数杯買い求めて、鴨居の鯛舟に乗り、鴨居式の鯛道具で、観音岩の五、六十尋の深さの釣り場で試してみたが、とうとう赤蛸には、大鯛が食いついてこなかった。
 一度や二度の試験では分かるまい。誰か、東京湾内の鯛に、一本鈎につけた赤蛸を食いつかせて貰えまいか。
 瀬戸内海の鳴門付近の職業漁師が餌に用いるのは、足長蛸という蛸の足である…

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