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釣った魚の味
つったさかなのあじ
作品ID46796
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「垢石釣り随筆」 つり人ノベルズ、つり人社
1992(平成4)年9月10日
初出「つり姿」鶴書房、1942(昭和17)年
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-07-15 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 釣りは、主人が釣りそのものを楽しむということと共に、獲物の味を家族に満喫させるところに一層の興味がある。
 ところが、獲物を釣り場に棄ててきたり、無意味に人に呉れたりする釣り人を見受けるのは甚だ心得ない。
 つまり、これは主婦が獲物を喜ばない影響であるかも知れないのである。世の中には魚屋が持ってくる魚であれば、それが活きの悪いものであっても喜んで食べるのに、主人が釣ってきた魚であると、生臭いとか気味が悪いといって手をつけない主婦が往々ある。それはまことに残念だ。
 釣ってきた魚であれば、それが川魚であろうが海魚であろうが、これに越した活きのいい味の立派なご馳走はないのである。
 主人は、よく主婦を指導して獲物の味を家庭に理解させねば、釣りの目的が達せられないであろうと思う。いまは寒鮒の季節である。鮒などといって馬鹿にはならぬ。肉の甘味は鯉に増しているのである。釣ってきた鮒は決して粗末にすべきではない。焼いて甘露煮にするのは、手数もかかるし、その夜のご馳走にもならぬから、洗いか刺身にするに限る。五、六寸以上の大物であったならば、洗いよりもむしろ刺身の方に風味があろう。
 三枚に卸して皮をはぎ、刺身にしてそのままワサビ醤油で食べれば寒鮒は少しも臭くないのである。
 また小さい鮒はやはり三枚に卸して皮をはぎ、肉を薄くそいで三、四回清水で水洗いしてざるにあげ、酢味噌で食べればよろしいのであるが、野釣りで得た鮒の肉は一種の甘味が舌に漂って、ほんとうに捨て難い。また六、七寸の大きなものの鱗を去り抱卵を捨てないように腸を出して、塩焼きにすると、これも素敵においしい。それに鮒の卵は川魚のうち鮎や鰔の卵についでおいしいのである。

 また、いまは公魚の季節だ。富士の山中湖や、上州の榛名湖では氷の上でこの公魚が釣れる。銀鱗の底に紫色の艶が光って、まことにおいしそうである。これをチリの材料にすると大そうよろしい。また、ふらいにするとよく油になじむ。公魚は、焼くと肉に渋味が出て結構でないように思う。
 駿河や伊豆地方では、この寒さの中でも山女魚が釣れる。しかし、五、六寸以上の大きなものは肌の色が黒くさびている。これは、産卵後の体力の回復していない魚であるから、食べても甚だおいしくない。これは釣って直ぐ死なぬうちに、川へ放ってやるのが釣りの道徳である。家へもち帰ってはいけない。けれど三、四寸のものは、春の雪代山女魚と同じ味で食べられる。塩焼きにも天ぷらにも、煮びたしにしても、親しめば親しむほど味が深くなるのである。



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