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とろ
作品ID46799
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「垢石釣り随筆」 つり人ノベルズ、つり人社
1992(平成4)年9月10日
初出「続たぬき汁」星書房、1946(昭和21)年
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-07-03 / 2014-09-21
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   一

 南紀の熊野川で、はじめて鮎の友釣りを試みたのは、昭和十五年の六月初旬であった。そのときは、死んだ釣友の佐藤惣之助と老俳優の上山草人と行を共にしたのである。
 私らは、那智山に詣でた。那智の滝の上の東側の丸い山を掩う新緑は、眼ざめるばかり鮮やかであった。黄、淡緑、薄茶、金茶、青、薄紺など、さまざまの彩に芽を吹いた老木が香り合って、真昼の陽光に照り栄えていたのである。若芽と若葉の放つ、生きた色彩の輝きは人間が作った絵の具の趣にはない。つまり如何に豊かな腕を持つ画人であっても、新緑が彩る活きた弾力は、到底描き得まいと思う。
 瀞八丁の両岸の崖に、初夏の微風を喜びあふれる北山川の若葉も、我が眼に沁み入るばかりの彩であった。それが、鏡のように澄んで静かに明るい淵の面に、ひらひらと揺れながら映り動いていた。
 木津呂あたりを流れる北山川[#「北山川」は底本では「来た山川」]の瀬には、激しいながら高い気品があって、プロペラ船の窓からこれを見て私は、この早瀬の底には、さだめし立派な鮎が棲んでいるのであろうと想像したのである。底石は石理ある水成岩の転積である。流水は、水晶のように清冽である。右岸の崖にも、左岸の河原にも、峡谷とはいえ、人に険しく迫らぬ風情が、川瀬の気品に現われてくるのであるかも知れぬ。
 私は旅先を急ぐ釣友と別れ、旅館の都合で十津川と北山川と合流して熊野川となる川相から一里下流の、日足へ足をとどめたのである。ここらあたりの風景もひろびろとして快い。
 日足の宿の二階から、熊野川の広い河原が眼の下にある。私は、ここで四、五日の間、心ゆくばかり鮎の友釣りを楽しんだ。六月はじめの解禁早々ではあるけれど、大きな姿の鮎がまことに数多く釣れたのである。
 その年の八月下旬、再びこの[#「再びこの」は底本では「再びのこの」]熊野川の日足を訪れた。

   二

 実は、伜の暑中休暇を利用して、彼に熊野川の大きな鮎を釣らせたいと思ったからである。八月二日の朝、東京を出発した。
 同行者は日本評論社の社長鈴木利貞氏と私と伜の三人である。まず、東海道の金谷駅で支線に乗り替え、家山町を志した。大井川の中流で友釣りを試みるつもりであったのだ。
 ところが、大井川の上流地方、つまり赤石山脈の南面に連日大雷雨が続いたため山崩れが起こり、川は灰白色に濁って釣りの条件がよろしくない。それでも、せっかくここまで訪ねてきたのであるからというので、三人は流れへ竿をかつぎだした。しかし、予想したとおり釣れぬ。三人合わせて僅かに十二、三尾を釣ったのみで、二時間ばかり遊んだ末、宿へ引きあげた。
 鈴木氏が旅の慰めに、上等のウイスキーを一本携えて行った。夕食のとき、二人で差し向かいにその栓を抜くと、そのとき宿の若い亭主が訪ねてきて四方山ばなしをはじめ、あまりお世辞のよい男なのに、一杯さすと彼…

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