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春宵因縁談
しゅんしょういんねんだん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「完本 たぬき汁」 つり人ノベルズ、つり人社
1993(平成5)年2月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-04-27 / 2014-09-21
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 はなしのはじめは三木武吉と頼母木桂吉の心臓の出来あんばいから語りだすことにしよう。
 このほど、頼母木東京市長が急逝した。私としては、この人の死をきいて別段深く感慨にうたれたというわけではないが、ただ頼母木が持っていた心臓の強弱については、二、三の思い出があるのである。頼母木の心臓は、強いて形容するよりも、しぶとい心臓と言った方が当たっているかも知れない。
 彼は備後国府中の生まれで、少年のころ東京へでてきてから当時報知新聞の編集局長であった熊田葦城の書生となった。その熊田老がこの二月中旬に、鎌倉材木座の寓居で他界すると、僅かに一週間たつかたたぬかのうち、頼母木もそのあとを追ったのは、前世の約束であったのであろうか、不思議な縁である。
 いまごろ、この二幽人は三途の川の土手あたりで久濶を叙しながら、互いに微苦笑を交していることであろう。
 私が二幽人の微苦笑の面を想像したには意味があるのである。頼母木は書生であったから朝な夕な、葦城邸の掃き拭きから水汲み、使い走り身の労苦を惜しまなかった。両の手の甲にひびが裂れていたことであろう。
 それから用事が済むと子供の相手をさせられた。葦城の次男で、いま満州の新京へ行っている敏夫が、まだ三、四歳の坊やのころである。この坊やは毎日、書生の頼母木をつかまえては、馬になれ馬になれとせがんだ。
 頼母木は、坊やにせがまれるままに畳の上へ四ん這いになった。そして、手拭の真ん中を口にくわえると背中の坊やは、その両端を手綱にとって、はいはいと声をかける。かくして、頼母木は座敷中を這いまわったのである。
 ある朝、坊やは頼母木の背中の上でおしっこをやってしまった。古い小倉の袴の腰板の縁をとおして袷へ泌み込み、背の肌に生温かく感じた。と、同時に無常観が頼母木の頭を掠めた。次の瞬間には、清徹な神気が激しく反発していた。
 葦城邸を頼母木が飛び出したのは、その日の夕方であった。このころから、頼母木の心臓は成長をはじめたのであった。
 ある一説には、葦城夫人が頼母木少年の逞しい気魄に親しめないで、些細な落ち度を柄にとりお払い箱を喰わしたのであると伝える人もいるが、何れにしても頼母木は快い顔して葦城邸を飛び出したのではないのは事実らしい。後年このことを評して、葦城が頼母木の成人するまで面倒をみてやれなかったのは、遺憾であったと言った人があるけれど、この是非はとにかくとして頼母木を発奮させたのは葦城邸であるのは否定できまいと思う。
 そんなわけで、それ以来熊田邸と頼母木とは全く交渉なくなった。そのことがあってから幾十年、こんど久し振りで三途の川の対面である。互いの微苦笑が、頬の神経に細かい顫動を与えたことであろう。
 さて、星うつり物かわり昭和十三年の暮れ、野間清治のあとを継いで頼母木桂吉は、報知新聞の社長となってきた。新社長は、大晦日に近い…

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