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秘密の代償
ひみつのだいしょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集6」 岩波書店
1991(平成3)年5月10日
初出「現代 第十四巻第三号」1933(昭和8)年3月1日号
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-07-28 / 2014-09-16
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

人物
生田 是則  四十九
妻  数子  四十六
息子 是守  二十五
小間使てる  二十一

七月の半ば過ぎである。某省の高級官吏生田是則は、休暇を取つて、家族と共に海岸の別荘へ来てゐる。家族と云つても、妻の数子と、長男の是守。次男の是高は、海が嫌ひだと称し、その代り、夏になると山登りの病気がはじまる。別荘には、番人夫婦がゐるから、本宅からは小間使のてる一人を伴に連れて来た。このてるといふ女は、まだ最近傭ひ入れたばかりであるが、行儀もよし、気転も利くといふので、多少朋輩を抜いて、奥さんのお気に入りだ。難を云へば、必要以上に眼鼻だちが整ひ、上眼使ひに人を見る時などの油断ならぬ艶かしさだ。
[#改ページ]



ある日の夕方、早く食事を済ました男二人は、退屈しのぎに、近所のホテルへ撞球をしに行つた。
数子は、居間で、次男からの山の便りを読み返し、いつぱし登山家気取りで、また向う見ずなことをしないやうに、もう一度たしなめてやらなければならぬと考へてゐる。

小間使のてるが、洗濯物を畳んで持つて来る。

てる  若旦那様のお襦袢に、なんですか、血のやうなものがついてをりましたんですが、よく取れませんのです。
数子  どら、見せて御覧……(襦袢を取り上げて)どこさ……。あゝ、これかい。これや、お前……。いやだね、びつくりしたぢやないか。蚊でもつぶしたんだよ。
てる  それから、この海水着、どちらが旦那様のでございましたか知ら……。
数子  まだ覚えられないの。毎日見てゝ……。あてゝ御覧。
てる  さあ、こちらでございませうか。
数子  え、どつち……さうだね、かうしてみると、ちよつとわからないね。召してらつしやれば、すぐわかるんだけど……。
てる  それや、あたくしでも……。

二人は笑ひながら、数子は、手紙の返事を書き、てるは、洗濯物を箪笥に入れようとする。この時、抽斗を間違へたふりをして、一つの抽斗から、袱紗に包んだ紙幣束を取り出し、素早く帯の間に挟む。やがて、てるは、部屋を出ようとして、一つ時躊躇するが、思ひ切つて、そこへ膝をつく。

てる  あの、奥様……。あたくし、お願ひがあるんでございます……。
数子  なにさ、改まつて……。
てる  (云ひにくさうに)こんなこと申し上げてすまないんでございますけれど、今日限り、お暇をいたゞきたうございます。
数子  どうしたの、急に……。
てる  いゝえ、別に、どうつていふわけはございません。たゞ……あたくしなんか、こちらさまのやうなお邸には向かないやうな気がいたしますんです。
数子  それや、また、をかしなことを云ひ出したもんだね。あたしが、これほど目をかけてるのが、お前にだつてわからない筈はないと思ふんだけれど……。
てる  はい、それはもう、いろいろ……ほんとに勿体ないくらゐでございます。
数子  それとも、何…

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